鵜呑みの行く末

2017.10.7|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 KJWORKS

 

『偽善エコロジー』   武田邦彦 著   幻冬舎新書

 

 

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

人間が地球環境に配慮して暮らすことは良いことだし、ある意味で義務だと考えます。しかしそうしたエコロジー活動が色々と世間で言われる中で、正直言って「ほんまにそうなんやろか?」と感じることが私にもいくつかありました。

 

 

 

本書はそうした疑問に応えてくれる、というか新たな視点を与えてくれる一冊。ちょっと刺激的なタイトルが示すとおり、世間一般で「ECOだ」と言われることについて、「資源材料工学」の権威である著者が検証する、という内容です。

 

 

 

しょっぱなから、私が「ほんまかな?」と思っていたことが登場し、ぐっと惹き込まれました。それは「スーパーのレジ袋を使わない」の検証。エコバッグを用いてレジ袋をもらわないことが奨励される昨今ですが、私には「?」でした。

 

 

 

それは、どこかで「レジ袋は石油成分の有効活用」という意見を読んだことがあったからです。そして著者の検証もまさにその主旨で進められ、結果「ECOではなく単なるエゴ」という結論になっていました。逆効果に他ならない、と。

 

 

 

そんな感じで、様々な「ECO」が槍玉に上がっていきます。例えばマイ箸、ゴミの分別、生ゴミ堆肥化から、CO2削減、狂牛病、そしてペットボトルをはじめ多様なモノたちのリサイクル活動についても。どれもかなり辛口の内容でした。

 

 

 

その中で私が我が意を得たりと感じたのは、ゴミの分別の有効性についての検証と、それと関連したダイオキシンの危険性についての検証でした。著者によればゴミの分別などに意味はなく、「金属とそれ以外」で充分だと言うのです。

 

 

 

私が日々暮らすなかでの実感は、厳密にゴミを分別することなど実際には難しいということ。どうしても分けきれずに混入しがちだし、各家庭から出るそうした「ちょっとした不備」を含んだゴミを上手くリサイクルなんて出来るのか?と。

 

 

 

もちろん著者の検証はそんな単純な思考ではなく、数多のデータを駆使し、分別したゴミのリサイクル状況もふまえての話ですが、しかしその結論は「金属以外は一緒に燃やすべき」。では、私たちがやっていることは何なのでしょうか?

 

 

 

私がなるほどと感心したのは、ペットボトルはむしろ生ゴミと一緒に燃やすほうがよく燃えるという話。電話帳が燃えにくいことを例えとして、「ほとんど空気」であるペットボトルは生ゴミという湿ったものを燃やす手助けになる、と。

 

 

 

もちろん、本書で述べられた著者の検証が全て正しいかといえば、それはわかりません。しかし、ともすればお上に楯突くようなこうした主張を展開することは非常に勇気ある行動であり、それが教えているのは「鵜呑み」の怖さでしょう。

 

 

 

本書には、各々の定説を疑い検証すると共に、なぜそういう定説が出来ているか、その裏にある利権構造をふくむ仕組みについても言及しています。ECOなことやリサイクルも他と同様に産業の一部であり、そこには「宣伝」がある。

 

 

 

ゴミの分別などは自治体の話ですから、本当にそれら公的情報すら信用できないとするなら、非常に悲しい話です。しかし、今や「情報錯綜社会」を生きる私たちに出来ることは、ある一説を鵜呑みにしないこと、ではないでしょうか。

 

 

 

リサイクル活動が声高に叫ばれるようになって、日本人の消費は却ってその量を増大させたとか。私たちは「自然を大切にし、モノを大切に使う」という歴史ある美徳を喪失したのか。それが著者の重要な指摘であり、私も大いに同感です。

 

 

 

「地球に優しい」と言われて久しい今、そのために本当に私たちがすべきことは、幻想に惑わず現実を観る眼をもち、よく識って地に足のついた行動をすること。鵜呑みという鱗が眼から落ちること必至の、苦い良薬と言える一冊でした。