すがる人変える人

2017.10.18|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 KJWORKS

『漆の実のみのる国(上・下)』   藤沢周平 著   文春文庫

 

 

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

手練れの文筆家、藤沢周平による長編歴史小説。これまではほぼ短編集ばかりを読んでいて、長編は『一茶』くらいでしょうか。そして本書は江戸時代中期の名君と讃えられる上杉鷹山公を主人公にした、出羽国米沢藩の苦難の物語です。

 

 

 

苦難というのは「財政難」のこと。国替えのたびに石高を減らし、前代未聞の借財にまみれ、かつ不作や飢饉に見舞われてもがき苦しむかの如き藩政において、後の鷹山公、9代目藩主・上杉治憲がどう考え、どう生きたかが描かれます。

 

 

 

上杉家と言えば謙信公を祖とする名家。しかし120万石から最終15万石へと縮小されても家臣の数を減らさなかったそうで、その人件費だけでも財政を圧迫するのは自明の理。しかし「名家」の誇りがそれを許さなかったのでしょうね。

 

 

 

しかし、治憲は元々が贅沢を好まぬ体質であったようで、自ら質素倹約を実践しました。かつての夢にしがみつかない新藩主にして初めて、藩全体の改革を実行することができた。本書からはそんな範を示す為政者の姿が伝わってきます。

 

 

 

予算縮小による財政再建とならび、有能な人材の登用と、それら人材が提案した新しい産業の開発も治憲の改革のひとつでした。タイトルの「漆の実」もそう、藩内に漆、桑、楮それぞれ百万本を植え、新たな財源に育てようという計画。

 

 

 

そんな、新産業担当の竹俣当綱や財政担当の莅戸善政といった治憲が重用した家臣たちと、旧態依然として抜本的な改善案を出すことのできない「名家」に縋り付く古い家臣たち。その差を描くことが本書のテーマのひとつなのでしょう。

 

 

 

実際、改革に反対して竹俣当綱派の罷免を訴えたのは、先代藩主に任命された藩の重役たちだったのです。「七家騒動」と呼ばれるこの衝突から、現代より更に「通例・慣例」を重んじた時代におけるこの変革の価値がよくわかります。

 

 

 

危機に際して我が身を投げ打つ覚悟をもつ者と、保身に走って現状維持をよしとする者。やはり「人」の善し悪しこそ政治の要であり、リーダーの役目とは目指すべき先を示し、人の力を目的に向けて集結させることにあるのですね。

 

 

 

治憲の治世にはその部分で傑出したものがあったからこそ、今に鷹山公の名が伝わっているのでしょうし、そのベースになっているのは、以下の「伝国の辞」に書かれているごとく、「国(藩)のため」という滅私の思想だと感じました。

 

一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候

 

 

 

 

本書は最後、驚くほど唐突に幕を閉じます。それまでの丹念な描き方とのあまりの違いに「?」となっていたら、関川夏央の解説でその理由が判明。その結末は、藤沢周平の絶筆だったのですね。本当はあと40枚ほど書かれる筈だった、と。

 

 

 

完全には書き上がられることのなかった長編、しかしその重みはいささかも変わりません。組織論、危機管理論、人間論など色んな読み方ができる、大いに示唆に富んだ江戸幕藩体制でのリーダーと部下たちの物語でした。