江戸の間取り

2018.2.7|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 KJWORKS

 

『武士の絵日記 ~幕末の暮らしと住まいの風景』   大岡敏昭 著   角川ソフィア文庫

 

 

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

この書評ブログで、何度か「江戸時代の武士の日記」を扱った本を紹介しました。日記には嘘偽りのない当時の人間の日常が描かれていますから、どんな文献よりも生の江戸時代人が見えてくる気がして、読んでいてとても愉しいのです。

 

 

 

今回もその一環ですが、本書は今までのものとは異る点が2つほどあります。まずひとつは「絵日記」であること。この日記の主は尾崎石城という下級武士。幕末の忍(おし)藩10万石城下に生きた侍ですが、画家という一面をもっていた。

 

 

 

絵というものの情報量は、文字を連ねることの何倍、あるいは何十倍も多いのではないでしょうか。この絵心のある侍の絵日記、その文字と絵からは非常に具体的に、江戸幕末ごろの侍の暮らしぶりがビジュアルに伝わってくるのですね。

 

 

 

そしてもうひとつの特色は、著者が建築学の教授であるということです。古代から現代までの日本の「住まい」を研究テーマにしてきた人物であればこそ、こうした武士の暮らしが絵で表現されたものに大いに興味をそそられたのでしょう。

 

 

 

そして本書で著者は、テーマである「住まい」という視点、そしてそこでの「暮らし」という視点で尾崎石城の絵日記を読み解いていきます。途中には、全国各地で記録や実物が遺る「中下級武士の住まい」にも一章を割いていますね。

 

 

 

私はまさに「住まい」、その「間取り」をつくっている人間ですから、本書に表れる石城やその友人宅の住まいの風景、そして著者の研究による各地の中下級武士の住まいの間取りにも大いに興味あり。著者の論考も非常に愉しめました。

 

 

 

尾崎石城の絵日記から伝わってくることはさまざまですが、そこに描かれた日々の暮らしぶりと当時の記録として遺る家の間取りとはやはり大いに関係がある。そこからは著者の研究と合致するような侍たちの日常が浮かび上がるようです。

 

 

 

あまりネタバレはいけませんが、当時の住まいの特徴は、ハード・ソフトの両面で「開かれた家」であることだと著者は言います。現在の住まいのように居室の南面採光を推奨する方位優先型ではなく、道との関係を優先した家である、と。

 

 

 

道・庭・座敷というセットをもって外部空間、街に開いた家。そして実際に石城の日々は訪れ、訪れられという人の行き来が毎日当然のようにある、人々が濃く交わって生きている世界であったようです。そのことが絵日記からよくわかる。

 

 

 

無論、だからといって現代人の暮らしぶりがいけない、というのではありません。しかし、現代の我々の暮らしとは同じ日本人でもずいぶん違うことを知れば得るものはあるし、「ハードはソフトに倣う」という共通点も見えてきますね。

 

 

 

そういう意味で本書はプロの私にも大いにためになる一冊でした。と言っても学術的な書物ではありません。尾崎石城のなんとも言えない飄々とした画風を楽しみながら、江戸人の暮らしぶりに思いを馳せることの出来る、楽しい本でした。

 

 

 

※なお、尾崎石城の日記は「慶応大学文学部古文書室展示会」で「石城日記」として全巻公開されています。こちらもぜひご一読を。