ネットが見失うもの

2018.2.17|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 KJWORKS

 

『スマホが神になる ~宗教を圧倒する「情報革命」の力』   島田裕巳   角川新書

 

 

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

なんとも刺激的なタイトルですね。正直申し上げて、私自身は「スマホが神になる」とは全く思えないのですが、著者が宗教学者であることを知り、そのサブタイトルが表すことを宗教学者がどう語るかに興味をもって読み始めた一冊です。

 

 

 

著者・島田裕巳氏は、オウム真理教を擁護するような発言で一時バッシングを受けていたそうですね。このブログを書くために調べていて知りましたが、本書は全く違う観点の文章でした。スマホ、即ちネット社会と宗教の関係について。

 

 

 

2016年10月初版の本書、その話はまず「ポケモンGO」から始まります。確かに当時このゲームが非常に話題になりましたね。私は経験ないのですが、今までのゲームとは違う、いわば「バーチャルとリアルとのリンク」がその特色でした。

 

 

 

このゲームが人々を動かしたこと、そしてポケモンをゲットするスポットとなった社寺仏閣などの対応もニュースになりましが、本書ではさらに世界に眼を広げて、イスラム教、キリスト教の反応も紹介し、その分析がなされています。

 

 

 

また、Googleという「検索すれば答えをくれる」存在、そしてSNSという人のつながりを媒介する存在、ほんの数年で一気に拡散し高度化したそれらは、人々の精神のあり方をも大きく変えつつある。その宗教的な分析も大いに興味深い。

 

 

 

著者いわく、それは「無宗教者」が増加している状況と大いに関係がある。日本では古くからの宗教よりも新興宗教の信者が激減しているというデータがあり、それとスマホという「個人がネットをもちあるく」現実とは符合する、と。

 

 

 

昭和42年生まれ・51歳の私でも、自分の子供の頃からは信じられないほどの変化が現代社会には起こっていると感じます。しかし、それを宗教という観点から見たことがなかったため、著者の分析はなかなかにエキサイティングでした。

 

 

 

また、その変化への対応の仕方をとおして、いま世界にある様々な宗教の特色、その相違点が浮き彫りになっている。そしてその勢力図の変化も。さすが宗教学者と言えるその詳細な比較分析からも、大いに学びや示唆が感じられた次第。

 

 

 

正直に申し上げて、文章はあまり好きになれない感じだったし、ちょっと論点が散漫だと感じられる箇所もあります。しかしそれ以上に、自分自身がもっていない宗教や信仰という視点からこのネット社会を見るという体験は新鮮でした。

 

 

 

私自身は、さまざまな宗教がそれぞれに「神」をもっていても、結局それらは同じものではないか、という考えをもっています。例えば大自然による猛威を「天災」というように、人智を超えた力を我々にもたらすものが「神」である。

 

 

 

そういう目線からは「スマホが神になる」とはなりませんね。でも本書から私が感じたのは、スマホという道具で人間が全能感をおぼえ、その「神」を見失いつつあるということ。そうした世界を危惧する方には一読をお薦めいたします。