メディアと商い

2018.3.17|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 KJWORKS

 

『街場のメディア論』    内田樹 著   光文社新書

 

 

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

内田樹による「街場の」シリーズは、神戸女学院大学での氏の講義の内容を元にまとめられた本だそうです。氏の著書を読むのは5冊目くらいかと思いますが、街場シリーズははじめて。口語体の文章がとても読みやすくていいですね。

 

 

 

しかし、その内容はかなりエキサイティングです。本書の元の講義は2007年のもので今から11年前ですが、引続き大きな変化の渦中にある筈のこの世界の方向性をはっきりと指し示しているかのように、今読んでも充分に感じられました。

 

 

 

従来のマスメディアと言えば新聞とテレビですね。個人的なことを言えば、私はテレビは観ませんし、新聞も時々しか読みません。ネットからの情報、それもマスを対象としないメディアの方が面白くて役に立つというのが正直な実感です。

 

 

 

本書でもそうした従来型のメスメディアの凋落ぶりと、その原因となる問題点についての論が展開されていきます。テレビや新聞を魅力的と感じなくなった私にとって、それは自分の感覚を理論的に裏付けていくような体験だったのでした。

 

 

 

内容を詳細に書くことは出来ませんが、例えば今や大きく社会問題化している「クレーマー」という人のあり方、それを生み出す「商取引モデルの行き過ぎた敷衍」にもメディアがとってきた態度が大きく関係している、というようなこと。

 

 

 

また、メディアがもっている根本的な願望は「変わること→ニュースソースになること」であり、それを生み出さんがために例えば医療制度、教育制度などにまで「変化を生みやすい」市場原理を導入することに大きく加担してきたことも。

 

 

 

そして別の章では、出版というジャンルの危機が語られますが、そこでも私の感覚に非常に近い言葉がありました。それは「人はみな例外なく『無償の読者』としてその読書歴を開始する」というもの。これは本当にそうなんですよね。

 

 

 

最近では西野亮廣さんが絵本を全編無償公開して物議をかもしましたが、著者・内田樹も自分の文章を全て再利用可能にしています。入試の問題に氏の文章がよく使われる理由でもあるそうですが、己の文章を商品だとみなしていない。

 

 

 

もちろん職業作家である以上は本が売れることは大事ですが、そもそもの根本は「読んでもらう」ことでしょう。無償の読者としてスタートする人たちに文章を通じて己の発信を届けたい、それこそが物書きの本分ではないか、という主張。

 

 

 

そしてそこから本書は最終的に「ものの価値の生まれ方」というところにまで到達します。それはある意味感動的ですらある着地点で、私には「不寛容社会」とも言われる現代社会の世知辛さから私たちを救ってくれる気がしたものです。

 

 

 

この短い書評ではとてもその論の展開を上手に説明はできません。しかしよくも悪くもメディアに引きずられてしまいがちな私たちが我に返って己を客観視するのにとても役立つ、読みやすくて大いに深い、よき道標のような一冊です。