うごかして遺す

2017.11.30|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 KJWORKS

 

〈駅を動かす現場のニュース、歴史を遺す工事に価値ありです。〉

 

 

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

今日は駅舎の話。私の地元・堺市で最近まで現役だった名駅舎の工事がニュースになっていました。それも「建物をそのまま移動する」という難工事、これに建築屋の私が惹かれないわけがありません。実際に見に行けないのがとても残念。

 

 

 

南海本線「浜寺公園」駅は明治40年(1907年)の建築。あの煉瓦の東京駅と同じ辰野金吾の設計による木造駅舎です。昨年1月まで現役でしたが、線路の高架化に伴って駅舎を引退。そして歴史的価値ある建築の再利用が決まっています。

 

 

 

新しい駅の玄関口となり、併せてギャラリーやカフェとしても利用されるそうですが、しかし今の位置のままでは新駅の建築も出来ないため、今回の建物ごと移動となったようです。工事は3日に分け、1日につき約10m移動するとのこと。

 

 

 

建物をそのまま移動するなんて凄い話ですが、実はこういう工事は日本には昔からあります。「曳家(ひきや)」と呼ばれて、まさに木造住宅を曳いて別のところに移動する工事のことを言います。そういう専門職が存在していたんですね。

 

 

 

昔の日本家屋はコンクリートの基礎でなく、石の上に柱を直接置いていました。そしてその間、床下部分は風が抜けるよう空いていたので、柱を持ち上げる力を加えるのは今よりしやすかった筈。それでも、大掛かりには違いありませんが。

 

 

 

時代が変わってそういう石の上の建物はなくなってしまいましたが、やはり今回のような「歴史的価値」をもつ建築物にはそんな「曳家」の技術が活かされることもある。冒頭の写真でも、建物の下に多くの鉄骨が差し込まれていますね。

 

 

 

これはその一部のアップですが、全体を均一に揚げていく、というのが非常に難しいのではないかと想像します。じっくりじっくり時間をかけて、建物の構造に負荷がかからないように揚げ、また動かすところが特殊技術なのでしょう。

 

 

 

今回の建物の重さは約130トン。それをジャッキアップし、レールの上に鉄の丸棒を並べてその上に建物を載せ動かしていく。上の写真にはその部分が写っていて、この棒を「ころ」と呼んだりします。動かす速度は、1時間かけて約1m。

 

 

 

実際に現場を見ていたとしても、とても動いているように見えないかもしれません。それほどゆっくり。建築構造のことを考えるとそれが限界なのでしょう。過去にはJR奈良駅の同じく歴史ある駅舎建築が同様の工事をやっていました。

 

 

 

今回の工事での約30mの移動、その先はしかし「仮住まい」なんだそうです。高架化と新駅舎の完成は平成40年ごろ、それまでは一旦広場に移され、市民の交流スペースとして利用すると。その時はもう一度曳家がおこなわれるんですね。

 

 

 

「永く使い続けられる建物」をつくりたいと常々想う私としては、こうして「建物の寿命を延ばす」ために人が知恵を絞り努力する姿を見ると、とても勇気づけられる気持ちがします。世の中スクラップ・アンド・ビルドだけじゃない、と。

 

 

 

永く愛された建物には、歴史的価値だけでなく人の想いや記憶が染みついているもの。それを後世に可能な限り遺す、そのことに人は力を尽くすべきと感じますし、そして遺された想い出が、人の暮らしをまた豊かにしてくれるのですから。