『マルクスが日本に生まれていたら』・・・出光佐三だったかも?!

2013.12.3|カテゴリー「伝えたいコト」|投稿者 福井綱吉

いつも寄り道していただき、ありがとうございます。

出光佐三という人は、調べれば調べるほど凄い人ですね。

出光興産は、1911年(明治44年)に「出光商会」として創業。

戦後の1966年(昭和41年)に、出光社長と社長室メンバーが問答形式で、出光佐三の思想・哲学を小冊子としてまとめ、社員向けに配布した。

それが、『マルクスが日本に生まれていたら』という本です。

その本が当時、社外を問わず数多くの希望者が出て商業出版もされたそうです。

そして、百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」で再び脚光を浴びて、その47年後の2013年7月に新版として再発刊されたのです。

出光佐三氏は資本主義、民主主義の時代とその中で消費者の為の商人として一生を貫いて生きた人。

マルクスは、資本を社会の共有財産に変えることによって、労働者が資本を増殖するためだけに生きるという賃労働の悲惨な性質を廃止し、階級のない協同社会をめざすとした社会主義を訴えた人。

ですから、全く違うのですが・・・(もちろん、現実実践主義者と理論学者との大きな違いはありますが・・・)

この本を読む中で、思想の出発点と理想とする到達点が全く同じと気づきます。

≪出発点≫
カール・マルクスは、資本家階級の搾取への反対が出発点。

出光佐三は、学生時代、大阪の金持ち(成金)の在り方に反発し、「黄金の奴隷たるなかれ」と叫んで歩み始めた。

≪到達点≫
カール・マルクスは、搾取の無い、人間が人間らしく生活できる社会を目標とした。

出光佐三は、人間が中心となって仲良く助け合い、その団結した力で平和に暮らす社会を目指した。

ところが理想に到着する為に描いた筋道は全く異なるものです。

カール・マルクスは、理想の実現のためには階級的対立闘争が不可避であると考えたのに対し、出光佐三は、人類愛の上に立った互譲互助、和の道を唱導した。

その違いの真意を様々な角度の問答によって探究した記録書、それが『マルクスが日本に生まれていたら』です。

本当にでっかい人、偉大な日本国の国士『出光佐三』氏、ぞっこんです!

追伸!

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