タブーの客観化

2014.9.22|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

2014-09-22 12.49.57

『世界屠畜紀行』   内澤旬子 著   角川文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

前回ご紹介した『檀流クッキング』では、牛や豚のモツ料理がたくさん紹介されていました。私もどて焼きや煮込みなどのモツ料理は嫌いではないので、例えば自分でそれをつくるのに、どうやって入手するかを考えました。

 

それを考えつつ食事に入ったイタリアンの店で、私の前の棚にあったのが、この本だったんです(単行本のほうでしたが)。そのタイトルを見た時、ドキッとしました。

 

「屠畜」なんてことを扱った本があるんだ。ルポルタージュだろうか。すごいな。それがとっさに私の頭に浮かんだことです。でも、よく考えてみると、そのような「肉やモツ」になっているのは、あたり前ですが生きた牛や豚や鶏、ですよね。

 

にも関わらず、その中間の部分を私たちのほとんどは全く知らないし、意識していない。その「謎の部分」を知ることの出来る本だと直感して、早速ゲットです。

 

この日本でなんとなくタブー視されているこの分野、そこに疑問を抱いた著者は、ルポライターでありイラストレーター。本書にもあちこちに迫真のイラストが散りばめられています。とてもわかりやすい。

 

そしてそのルポは、世界中を飛び回っておこなわれています。韓国、バリ島、エジプト、トルコ、チェコ、モンゴル、東京、沖縄、インド、そしてアメリカと。

 

そこには、「食べるために動物を殺す仕事」がその国の人々からどう見られているのか、その行為、その営みについての意識は国によってどう違うのかを知りたい、そんな想いに突き動かされている著者の姿がありました。

 

私はさほどタブー視する意識はないので、このイラストルポ、非常に興味深く読めました。日本でそれが現在、どんな場所でどうおこなわれているのかも知りませんし、ましてや世界ではどうかなんて、意識したことすらありません。それを教えてくれる本など、今まで出会ったことがありませんから。

 

しかし、楽しみつつも、読んでいるうちに考えさせられます。屠畜という職業とその中身、そしてそれについての人々の見方は、国によってずいぶん違う。宗教による意識の違いもあるし、歴史による違いもある。

 

この本は、「肉を食べるのに、なぜその肉が出来るまでを知らないの?」という疑問からスタートしつつ、徐々に「差別」や「宗教」についての問題意識を、読む人にもたらしてくれるようです。

 

人間の意識というものは、いかに「刷り込まれやすいもの」か。刷り込まれた意識から自由になること、ニュートラルでいることは、いかに難しいことか。

 

「食べる肉ができるまで」という未踏の分野で、世界中をまわってそれを炙り出し、タブーを客観化してくれた著者の業績に、私は素直に拍手を送りたいと思います。