人生の手触り

2015.5.18|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

北野武「全思考」

『全思考』   北野武 著   幻冬舎文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

久しぶりにこの人の本を読みました。前が何だったか、覚えていないくらい。そして、久しぶりに本屋で本を買いました。この本が呼んでいるような、そんな気がして。

 

赤坂のとある路地奥にある料理店。そこに時たま北野武が現れ、店主「クマさん」と話し込んでいく。本書はそれを著者自身の筆で文書化したエッセイ、ということになっています。

 

全部で五章。「生死の問題」ではあのバイクでの事故に触れ、「教育の問題」ではスマホ全盛のダークサイドを説き、「関係の問題」では漫才ブーム時代の己を回想する。

 

「作法の問題」ではネット社会での人間の退化を憂い、「映画の問題」では監督としての方法論を語る。そしてそれぞれの合間には、クマさんが知る著者とのエピソードが挿入され、箸休めになっています。

 

どの章も、どの文にも、北野武の目線がある。そう感じます。虚飾や綺麗事を嫌い、本音で、生身の自分で世界と対峙しながら、その自分自身を常に冷静に見つめている。そんな目線を感じるんです。

 

私はあまり氏の映画を観ていませんが、そういう感じは同様にある。じっと立っているだけの映像でも、そこに「世界と向き合う肉体」が満ちているような、そんなリアリティが。そこに人は惹かれるのではないでしょうか。

 

私の筆では氏の文章の独特な質感を伝えることは難しく、是非読んでみてほしいとしか言えないのですが、本書で私が強く印象に残った一言がありました。それは「人生の手触り」という言葉です。

 

私は木の家をつくっていて、目で見る以外の部分、嗅覚や触覚、空気の感覚といった部分に訴えかける、そんな領域にこそ魅力があると思っています。特に、木の手触り足触りが人にもたらすものは、とても大きいと。

 

北野流に言えば、人生そのものにもそんな手触りがある。自分自身のそれを、お互いのそれを、感じ取り確かめ合い、時にぶつかり、ざらつかせながら生きろ、そう言われているようです。

 

「便利さ」という退行を憂う氏の目線が詰まったこの本は、ただの「ネットが出来ないオヤジの戯言」を超えて、産毛を逆撫でして目を覚ましてくれるような、そんな魅力に満ちていたのでした。