憑かれた大工

2015.6.16|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

『五重塔』  幸田露伴 作   岩波文庫

『五重塔』   幸田露伴 作   岩波文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

1927年初版の岩波文庫。今から約90年前ですね。以前から気にはなりつつちょっと躊躇していた露伴の作品、意を決して読んでみました。やはり苦労はしましたが、ちゃんと理解できたのでここに採り上げます。

 

躊躇していた、というのは、旧仮名遣いの文語文だということを、ちょっと立ち読みした時に知ったから。こんな感じで、句点がなかなか出てこない、読点で延々と続く文章なんです。

 

「当時に有名(なうて)の番匠川越の源太が受け負ひて作りなしたる谷中感応寺の、何処(どこ)に一つ批点(ひてん)を打つべきところあらうはずなく、(以下略 括弧内は実際にはルビ)」こんな感じ。

 

最初はゆっくりゆっくり、行きつ戻りつしながら読み進め、1ページ読むのに疲れる有り様でしたが、それも段々慣れてきて、終盤は物語の面白さもあって、ぐっとスピードアップでした。

 

このお話、「のっそり」という渾名の十兵衛という大工が主人公。谷中感応寺に新しくつくることになった五重塔を、誰が請負うのか。依頼主である朗円上人様、そして上の文章に登場した源太という親方と、不器用者の十兵衛、その人間模様が描かれます。

 

生き方が不器用ではあるが、腕はすこぶる立つ大工である十兵衛が、天命を受けたようにこの仕事だけはと義理も人情も顧みず、元々源太が請負うはずだったところを、上人様にしゃにむにアピールをする。

 

どうしたものかと考えた上人様は、ある仏説のお話を二人にされるのですが、そこから二人がそれぞれに悩み、葛藤し、そしてぶつかりあう。職人として己が譲れないものを賭けて。

 

詳細はとても書けませんが、十兵衛が建設をまかせられるところまでが、本書の前半。ちょうど分量として半分のあたりです。後半に描かれるのはその建設中の物語、そして最後に襲来する大嵐。

 

この嵐が物語のクライマックスで、この嵐を表現する露伴の文章は本当にすごい。これは口語文では書けない、現代語では表現できない、かつての日本語の美しい輝きそのものだと感じました。

 

嵐を乗り越え、五重塔の落成式で、上人様は「江都の住人十兵衛之を造り、川越源太之を成す」と記します。そうなるまでの顛末は読んでいただくしかありませんが、なかなか含蓄に富んだストーリーだと思います。

 

あくまでも自分独りにこだわるのっそり十兵衛に、私は単なるエゴイストを超えた、何かに憑かれた生きものの姿を見ました。そうなってまで何かを成し遂げること、そしてそんな男のあり方が凄みをもって感じられる一冊です。