手紙のもの語り

2015.5.7|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

2015-05-07 11.42.16

『三島由紀夫レター教室』   三島由紀夫 著   ちくま文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

正直に申し上げますが、私は三島由紀夫の著作を完読したことが今までありませんでした。名作の誉高い『金閣寺』に20代で挑んだものの、その時はどうにもその文体が馴染めず、挫折した記憶があります。

 

そこから何だか敬遠してしまって今に至るのですが、そんな私でも楽しく読み終えられたのが、この一冊です。この本を知ったのは、ある雑貨屋さん。文房具のコーナーで、便箋や封筒と一緒に置いてあったんです。

 

え、三島由紀夫ってこんな本も出しているのか、と手にとって少し読んでみました。そしたら、かなり変わった本であることがすぐにわかって、その場でゲットした次第。

 

五人の登場人物が書いた手紙を紹介するという形式で、文章の書き方を実例をもって学ぶというレター教室。しかしその手紙の連なりが、そのまま物語になっているんです。

 

登場人物は20代の男性二人と女性が一人、40代の男性と女性が一人ずつ。それぞれの思惑が交差し、あくまでも手紙の文面からではあっても、その人間模様は読者を飽きさせません。

 

手紙だけで進んでいく物語ですから、文体も三島由紀夫のものではありません。もちろん書いているのは著者なのですが、それぞれの人物像に合わせた文章になっていて、その使い分けもまた面白い。

 

全体的に軽いタッチ、そしてこのような実験的な形式。著者自身もあの装飾的で硬い文章と濃密な作品世界のあり方から、ひとつ殻を破ろうとして取り組んだ作品、なのかもしれませんね。

 

でも、本書がやはりこういう形式の小説なのか、いや、やはり架空の人物の手紙を文例としたレター教室なのか、それは読み終わっても判然としません。その何だか宙に浮いたような感じが、また本書の魅力だと感じました。

 

面白いのは、最後に著者から読者への手紙が出てくること。この部分はまさにレター教室の体です。そして、そこに三島由紀夫が書いた「手紙の第一要件」を見て、私は深く頷いたのでした。

 

この作品が書かれたのは昭和41年から42年。私が生まれた頃です。いまや手紙というものはずいぶん廃れてしまいましたが、たとえメールであっても、人に向けて文章を書く以上、これは同じでしょう。

 

あたり前のこと、でも往々にして出来ていないこと。「手紙」という形式に著者が託したのは、「人に文章で心を届けることの難しさ」だったのかなあ、そんなことを感じた一冊でした。

 

三島由紀夫がいう手紙の第一要件、それは「あて名をまちがいなく書くこと」です。