染みて深まるもの

2017.7.19|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

『青い壺』   有吉佐和子 著   文春文庫

 

 

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

本書の前に、同じ作者の『華岡青洲の妻』を読みました。実はそちらの「ついで」という感じで買ったこの本、こちらは現代劇で、なかなか凝っていて面白かったのです。有吉佐和子作品はこの二冊が初めて。

 

 

 

連作短編集ですが、その共通項としてタイトルの「青い壺」が必ず登場します。第一話で陶芸家がつくり出した、非常に良い出来の青磁の壺。それが人から人へと渡っていく、その時々の持ち主の物語が十三話。

 

 

 

陶芸家の手を離れ、その後は譲られ売られ、盗まれたりもしながら転々と持ち主を変える青い壺。果ては遠い異国へと運ばれ、また日本に帰ってきます。各話は別個の物語であり、かつつながった物語でもある。

 

 

 

その各短編を「連作」につなげる役目をしながら、その冷たい青い肌に周囲の人々が織りなすドラマが映っている、という趣向なんですね。映るのは、夫婦や親子をはじめとした人間関係と心模様の数々です。

 

 

 

「文藝春秋」に連載されたのが昭和51年とのことですから、40年ほど前の日本人を描いています。そこに登場する人物たちの多くは戦前戦後を生きた世代であり、各話にもそうした時代の空気が感じられました。

 

 

 

ネタバレはいけませんので詳しくは書きませんが、全13話の間に流れた時間は10年です。そして、その10年の間に青磁の壺はさらに良くなっている。さあ、その遍歴の中で壺に染みついたものは何だったのか。

 

 

 

それぞれの物語を読み進め、最後にそうした課題を突きつけられたように、私には感じられました。無論それを考えることがこの連作を読むことではないですが、最終話の内容がそういう想いを呼ぶのですね。

 

 

 

どの物語もハッピーではなく、人間の滑稽さや寂しさ、遣る瀬なさのようなものが漂います。そして「老い」も大きなテーマでしょう。そんなどこか哀しい人の営みが、青い肌にさらに深みを与えたのか。

 

 

 

変に深読みすることはなく、各話がもつ雰囲気を愉しめばよいと思います。ただ、それらを見続ける青い壺という「陰の主役」に著者は何を託したか、それを考えながら読むと味わいが深まるのかも知れません。