画家の肖像

2015.8.7|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

2015-08-07 14.31.49

『ジヴェルニーの食卓』   原田マハ 著   集英社文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

友人から教えてもらった一冊、早速読んでみました。でも、タイトルだけではどういう本かよくわかりませんね、よほどこのジャンルに詳しい人でなければ。ヒントは、表紙の絵。モネの「睡蓮」ですね。

 

この本には、いわゆる「印象派」の巨匠たちを描いた、4つの物語がおさめられています。その4人は、生年の順に言うと、ドガ、セザンヌ、モネ、そして少し離れて、新印象派とも呼ばれるマティスです。

 

私はこの原田マハという作家のことを全く知りませんでした。でも本書を読了して、その手腕に感心しました。画家の一人称でなく、その近くにいた人物の眼を通して画家を描くという手法の、実に巧みなこと。ぐいぐいとこちらを惹き込んで読ませます。

 

ポール・セザンヌを題材にした「タンギー爺さん」という話などは、セザンヌ自身は全く出てきません。セザンヌに宛てた、タンギーの娘からの手紙だけで、物語が構成されているんです。

 

でも、どの話もそれぞれに、別の人物のことを描くことで、あるいは別の人物の語りを書くことで、画家の姿、その苦悩、その創作、その生き様を鮮やかに炙りだしています。

 

私は印象派の画家の中では、エドゥアール・マネとエドガー・ドガが好きです。今回はやはり、ドガを描いた物語「エトワール(星)」が最も印象に残りました。

 

ドガの描く、一見華やかな踊り子の世界。でもそこに語られているのは、その裏側の闇、生きることの哀しさだと思います。それをキャンバスに刻みつけようとしたドガの透徹した眼、そしてその眼があればこそ生まれた、彫刻という立体の造形。

 

初期印象派の画家たちが受けた扱いとその苦闘の姿もまじえ、この彫刻のエピソードには、深く胸を打たれました。画家は何のために絵を描くのか、印象派とは何か、それすらも考えなおすほどに。

 

花を通して、召使だった女性が語る、アンリ・マティスの晩年。

少女を通して、同志の女流画家が語る、エドガー・ドガの眼差し。

手紙を通して、画材屋の娘が語る、ポール・セザンヌの摂理。

食事を通して、義理の娘が語る、クロード・モネの求めた光。

 

どの物語も、偉大な巨匠たちの生身の姿を活写して間然するところがない。崇拝するのでなく、身近に印象派の画家たちの姿を感じられる、美術の好きな人にはたまらない一冊だと感じました。