砂と石と泥と

2014.7.4|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

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『泥の文明』   松本健一著   新潮選書

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

この本、何かの記事で見たそのタイトルに惹かれて入手しました。泥の文明とは、きっと私たち日本人を含むアジアのことだろう、と思ったからです。比較文明学的興味が湧いたんですね。

 

一読して、正直な感想。非常に読みにくい書物です。色んな書物からの引用がとても多く、しかも長い。著者の前著からの引用、そしてその前著への書評からの引用もあったりします。それって、ルール違反じゃないの?そう思ったりもしました。

 

私は書物にはテンポが必要だと思っていて、一冊の本の途中で違った文体を1ページ以上読まされる内容には、読書の調子が狂ってしまいます。読了するのに骨が折れましたね、この本には。

 

しかし、その比較文明論としての主旨は納得のいくものでしたから、まずはよしとしましょう。上記の前著は「砂の文明・石の文明・泥の文明」というのです。こちらを先に読むべきだったのかもしれませんね。

 

砂の文明とは、イスラム世界のこと。あの砂漠を「清浄なもの」と考える文化を生んだ世界です。石の文明とは、ギリシャのパルテノンに代表される西欧世界のこと。そして泥の文明とは、湿潤なアジア・モンスーン世界のことです。

 

このような、環境による文明の違いを論じた書物として非常に著名なものに、和辻哲郎著『風土』があります。私も建築学科の学生の時に「必読の書」と言われて読みましたし、今も私の本棚にその本はあります。

 

しかし、本書は和辻の著作の現代版的な性格をもちながら、しかしその「区分け」の仕方はずいぶん違っているようでした。そしてそれぞれの地域の人間の気質にそれがどう影響するか、その点も解釈が異なります。

 

単なる文明のあり方の比較でなく、その文明の起こりを包み込んでいた気候風土という環境と、その環境に人間がどう対峙してきたかによって、その地域の人間の気質がかたちづくられていく。

 

それは考えてみればあたり前なのですが、人間が対峙してその環境をどう変えたのか、変わった後の世界の人間から、その変える前の世界を想像するのはそんなに容易ではない。それを喝破して「泥の文明」という言葉を与えたことは、著者の大きな功績だと思います。

 

泥の文明に生きる我々日本人、そして近い環境をもつアジアの人々が永い年月を経て培ってきたものは、「内に蓄積する力」と「ものづくり」だと著者は言います。それが意味するものはなにか。ぜひ本書か、著者の前著の中に答えを探してみてください。

 

私は本書を読んで、「一所懸命」とか「人は土から生まれて土に還る」といった日本人のもつ思想が生まれた理由が、イスラムやヨーロッパとの比較の中で、とても腑に落ちたように感じました。

 

このような、自分の「あたり前」を相対化してくれる書物というのは、目から鱗を落とし、ものの見方の幅を広げてくれますね。読みにくさはともかく、土ではなく「泥の文明」という名付けに、素直に拍手を送りたい一冊です。