茶とパライソ

2015.9.7|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

2015-09-07 08.39.22

『千利休とその妻たち』   三浦綾子 著   新潮文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

「BOOK OFF」という古本屋さんに、時々立ち寄ります。そこで作家名の50音順になっているコーナーをしばらく物色して、今まで読んだことのない作家を探してみたりするんです。

 

今回はそこで、「千利休」というタイトルの文字が眼に飛び込んできました。そして作家名を見ると、三浦綾子。平岩弓枝に続いて、著名な女流作家の本、初めて読んでみました。

 

本書はそのタイトルの通り、堺の商人魚屋(ととや)の主人である千宗易と、その二人の妻の物語です。時代は織田信長が台頭してきた頃から、秀吉の命で利休が切腹するところまで。

 

二人の妻とは、正妻のお稲、そして最初は愛人で後にお稲亡き後に妻となる、おりきです。私も千利休を題材にした小説はいくつも読んでいますが、この「二人の妻」という視点から描かれたものは初めてでした。

 

おりきのこと、そして利休との間にできた娘、おぎんが秀吉に召され、そして利休と秀吉の確執に巻き込まれて命を落とすという哀しい物語は知っていました。でも千宗易とおりきの馴れ初めや、先妻のことは全く知らず。

 

でも本書を読むと、その二人の妻との関係の移り変わり、そしてそれぞれとの間になした子どもたちの運命からも、利休の茶が影響を受け、深みを増していったということがよく理解できる気がします。

 

また、クリスチャンとして知られる三浦綾子。やはりその数少ない時代小説にも、そのキリスト教の要素が盛り込まれているようです。最初の作は『細川ガラシャ夫人』、そして本作。

 

おりきは利休の妻となってから、キリシタンに帰依し、信仰に生きる女になっていきます。そのおりきの眼から見た戦国の世界、そして利休の茶の世界。その描写には著者のキリスト教的世界観が反映されているように、私には感じられました。

 

これは史実なのかどうかわかりませんが、本書にはこうあります。利休が考案した茶室の「にじり口」が出来たきっかけが、「狭き門より入れ」というキリスト教の教えなのだと。そしてそれを利休に伝えたのが、おりきだと。

 

天国(パライソ)に入るためには、全ての持ち物を捨てねば入れない狭き門より入らねばならない。身分、財産、傲慢、美形、学問、そんなものはかえって邪魔になるもの。

 

その教えに利休がはたと膝を打ち、茶の湯に自分が求めるものを見る。その胸を打つ場面が、この上下巻600頁の長編時代小説の、私にとってのクライマックスですね。

 

茶という世界を己の美意識で極限まで研ぎ澄ませた男、千利休。そこにキリシタンの理想という視点が織り込まれていたことに、新たな見方を授けてもらった気がした、そんな一冊でした。