通い通わす店

2015.8.18|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 山口敏広

2015-08-18 08.51.13

『行きつけの店』   山口瞳 著   新潮文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

前々回の書評で『礼儀作法入門』を採り上げましたが、その後著者の別の文庫本をいくつか揃えて、読み始めています。そして読んでいて面白いのは、やはり氏の「人づきあい、店づきあい」のことです。

 

本書は、全国津々浦々にある氏の「行きつけの店」を、写真とともに紹介した一冊。店と言っても、宿やホテルもあります。行きつけの場所と、そこで味わえるもの、を綴った一冊だと言えましょう。

 

氏は、一度気に入るとそこばかり、という嗜好のようです。これ、ちょっとわかるんですよね。なかなか気にいる店が出来ない反面、気にいると長く通う。私も個人的にはそういうタイプです。広く浅くではなく、狭く深く。

 

しかし同じ山口でも、流石は瞳氏。旅先の「行きつけの店」などは、昼、夜を問わず、滞在中ずっとその店という徹底ぶりなのです。宿もそう。この地にいくなら、必ずここ。行きつけというよりも、唯一の場所、という感じ。凄い。

 

本書から強く感じられるのは、そこまで惚れ込む店は、味だけではないということ。味というよりも店のあり方、宿のあり方、すなわち主を含めたそこの人たちのあり方に惚れ込んで、つきあっている。

 

店主の方も、著者が訪れるのを楽しみに待っていて、しかしほどよい距離感で心地よくつきあっている。そういう人がいる店に居心地の悪い店はなく、そういう人のいる店が不味いはずがない。著者がそう言っているのが聞こえるようです。

 

行きつけの店をもっている人は、その店にとって「常連」ということになります。でも、ひと言で常連と言っても色んな人がいて、店との馴染み具合というのはさまざまですね。ただ数を通っているだけでも、常連さんですし。

 

本書を読むと、著者がそこに通うのは、店の雰囲気、味を楽しみつつ、店の人と心を通わせる喜びのためだということが、とても腑に落ちて感じられます。その全てを含んだ「その場での居心地よいひととき」を求めて、行きつけるのでしょう。

 

ちなみに私がいる関西で、山口瞳が通い、心通わせた店はふたつ載っています。祇園「山ふく」と同じく祇園「サンボア」です。これも、京都に行けば祇園のこの辺りしか行かないという、氏の嗜好がうかがわれますね。

 

食をその一部として含む、その場での時間に対価を支払う。それを進んでやりたい、また行きたい、通いたい。そして、行きつけるほどに楽しく、面白くなる。そんな店が自分にいくつあるかなあ。そんなことを思わず考えさせてくれるような、含蓄ある一冊でした。