残像のディテール

2017.8.16|カテゴリー「読書つれづれ」|投稿者 KJWORKS

 

『誰か「戦前」を知らないか ~夏彦迷惑問答』   山本夏彦 著   文芸新書

 

 

 

「本を広げたかたちは、鳥のかたち。」

ご愛読、ありがとうございます。暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

久しぶりの書評ブログですね。お盆休みは奥さんの郷、宮崎へと帰省しておりまして、その道中で読んだ一冊です。本屋で見つけて速攻タイトル買いしたものですが、著者のことはある程度知っていました。建築にも関係ある人物ですので。

 

 

 

著者・山本夏彦氏は、インテリア専門誌「室内」の発行元「工作社」を主催した人。かつて私も愛読していました。編集者であり、一方で作家でもあった。元は「室内」誌上の連載から徐々に文筆家として知られるようになったそうです。

 

 

 

「夏彦節」という言葉があるほどに、その弁舌あるいは毒舌は氏独自のものでした。建築・インテリアに限らず世の事象をかなりの独断でバッサリやる文章、悪く言えば頑固オヤジ的な文章で、人によって好みは分かれるところでしょう。

 

 

 

そして本書は、氏の文章ではなく、大正4年(1915年)生まれの著者と工作社の若手社員との談話集、といった類の一冊。その題材がタイトルの通りで、戦争による断絶の前、戦前という時代を、氏の経験を主として語る、というもの。

 

 

 

談話集ですので読みやすいですが、著者の話があちこちに脱線していくので、それも覚悟で読んだほうがよい感じです。しかし、氏の高い教養と豊富な経験を元に語られる戦前という時代は、やはり歴史書とは違う生々しさに満ちています。

 

 

 

開始早々、「あなた方は戦前という時代はまっ暗だったって習ったでしょう。『戦前戦中まっ暗史観』は社会主義者が言いふらしたんです。」という文章があります。私は戦前が暗い時代だとは思っていなかったので、ちょっとびっくり。

 

 

 

確かに「戦時中」とは非常に暗いイメージです。しかし著者によれば、終戦間際はともかく、それまで日本人は過去から連綿と続くあたり前の日常を送っていた。むしろ戦後復興からの社会変化こそが、戦前あった日本文化を奪ったのだと。

 

 

 

「あなた方に『戦前』を話して理解が得られないのは、ひとえに言葉が滅びたからです。それは核家族が完了したからです。教育のせいです。」ともある。実際、語彙の有無による会話の行き違いが頻出し、談話を面白くしているんですね。

 

 

 

文化とは言葉である。これは非常に共感できます。ギリシア人による「文字は言葉の影法師である」という名言も出てきましたが、まさに日常で人々に話される言葉、その語彙と言い回しこそその時代を象徴するものではないでしょうか。

 

 

 

また、私は江戸時代を扱った小説や、そこから進んで明治時代を描いたもの、また今回のような大正から昭和初期を描いたものにも興味がありますが、本書にある既に失われた時代の残像、そのディテールを見ていて感じたことがあります。

 

 

 

それは、明治維新では社会の上層部が変革したが、庶民の暮らしにはまだ「江戸」が残っていた。しかし戦後という次の変革でその大半が失われてしまった。「戦前」とはその江戸の名残りを色濃く留める時代だったのだろう、ということ。

 

 

 

明治維新という社会変化の時期、さらに世界大戦と復興という大きな変貌の時期、悪く言えば文化の断絶を2度経験することで、完全に社会というものが変わったのだな、と感じました。それは事象よりも、言葉や思想、人の生き方の面で。

 

 

 

無論、変化を否定はしません。しかし、記録からも記憶からも失われてゆくものたちの美しさを生きた言葉で残しておきたい、という著者の想いは私には強く響いてきます。時代を知る人の言葉ほど確かなものは、他にありませんから。