「慣れ」をみる鏡

2013.12.22|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

2013-12-22 10.20.54

 

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

今日はあるご縁があって、同業他社さんの完成見学会へお邪魔してきました。マンションリフォームのその家、名づけて「栗の大黒柱のある質の良い普段着のような住まい」。MUKさん、くらやさんのつくられたお家です。

 

冒頭の写真がそれ。KJWORKSと同じように、無垢の木と自然素材を多用した、明るくて気持ちのよい家ですね。画面左、マンションの中に敢えて取り入れた栗の木の大黒柱が、強く存在感を放っていました。

 

今回は自分の家から近い場所での見学会開催ということで、見せていただこうという興味が湧いたのでしたが、やはり時には違う人の家づくりも拝見して勉強しなければいけないなあ、今日はつくづくそう感じましたね。

 

全体の雰囲気づくり、それぞれの部位の仕上げや素材とその組合せ、建具や造付け家具のディテールなど、KJWORKSとはまた違ったセンス、考え方をあちこちに見て取ることが出来、いくつもの刺激をいただいたんです。

 

例えば画面正面上、棚の上にある引違い戸は、白くペイントされていますね。KJWORKSがつくる吊戸棚で建具を白く塗ることはほとんどありません。でもこの家の全体像の中においては、その白い建具がよく似合っていました。

 

また、栗の木で大黒柱をつくるという発想も、普段の私の頭からは出にくいです。杉の柱梁で家をつくっているその延長線上で、ついこういう場所にも同じように杉の柱を入れてしまいそうですね、私なら。でも、それが良い場合もあるし、そうでない場合もあるはず。

 

長く家づくりをやっていると、自分のやり方というのが出来てきます。雰囲気づくりにおいても、細かい納まりにおいても。それは何も悪いことではありませんが、しかし、ともすればそれは「惰性」への道に向かいかねないことでもあるんです。

 

そのお客さま、その家にとって、この方法はどうなのか。常にそれを考えて検討と選択を重ね、その結果いつも同じ方法になるのと、単にやり慣れているから、という理由でいつも同じ方法になるのとは、出来るものは同じでも、その意味合いが大きく違っていますね。

 

ものづくりとは、常にそういう「惰性」という罠に陥る危険性をはらんでいるものだと思います。それも、自分でも気づかないうちに。とても怖いことですが、心にゆとりがない時など、特に人は「慣れた方法」を選択しがちですから。

 

時々このように、志向を同じくしつつ方法を異にする、というような仕事を見るのは、その自分の「慣れ」が正しいものなのか、意味のない惰性なのかを映し出す鏡のようなものではないか、私はそう思うのですね。

 

今日の見学会、そういう意味で色んなことを映し出してくれました。感謝です。また最近そういう「鏡」をあまり見ていなかったなあと、その点についても反省しきりなのです。

 

自己分析の契機となる仕事を見て、そしてまた新たな人との繋がりも生まれた今日の見学会参加でした。主催者の皆さま方、よき学びをいただき、ありがとうございました。