どう住まうべきか

2013.8.4|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

『日本人はどう住まうべきか?』  養老孟司・隈研吾共著  日経BP社

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

いま一番の売れっ子建築家(?)の隈研吾さん、そして「バカの壁」の養老孟司さん、個人的にも興味のあるお二人が「日本人の住まい」について対談している、というので、飛びつきました。

 

なかなか辛口の内容で、東日本大震災によって顕になった、建築業界の「津波」への無対策の話を皮切りに、日本という国の都市計画、建築基準などについての手厳しい話が続きます。

 

特に隈さんによる実体験に基づいた話はとても面白く、全巻を通したお二人の会話から、現代日本人の多くを支配しているメンタリティというものが明らかになってくるように感じられます。

 

それは例えば、「一律の基準」をつくりたがり、そしてその基準を過信する、というようなものであり、例えば、予測不可能なものはないことにする、というようなものであり、例えば、「自己の責任」を考えることなく「自己の権利」ばかりを重んじる、というようなもの。そんなことを思いました。

 

養老さんいわく、「昔は川に落ちるやつってのは酔っぱらいで、ただ笑われただけだったんだけどね(笑)。それが笑い話でなくなっているのが今の時代です。」と。これは、ユニバーサルデザインという名の金科玉条が、街の景色を乱していることへの、鋭い批判ではないでしょうか。

 

この本でお二人が、様々な事例を挙げつつ言わんとすることの大きなキーワードは、「だましだまし」というものです。今この言葉はあまりよい意味では受け取られていないようですが、読み進む内、この言葉にここで与えられている意味が、わかってきます。

 

その時、その時、状況に応じて、ゆるやかに変わっていきながら、自分自身で考え、対応していくこと。そんな姿勢こそが日本人に今求められている。それはとてもポジティブなあり方として、論じられているんですね。

 

この本は、どう住まうべきか?という問いを発しつつ、そんなもん、強い「適応力」さえもっていれば、どうにでも住めるじゃないか。もっとそうならなきゃ。そう言っているように私には思われました。