ゆく河の流れは...

2013.7.11|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

『すらすら読める方丈記』 中野孝次著 講談社文庫

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」誰もが知っているこの冒頭の名文句。鴨長明「方丈記」の書き出しですね。この作品は、西暦1212年に書かれたものだそうです。

 

源平の争乱期を生きた鴨長明が、その人生の体験記として、そして洛南の日野に結んだ一丈四方の草案、そこでの閑居生活の手記として書いた、400字詰原稿用紙にして約20枚の作品です。

 

この本は、その原文を総ルビで紹介しつつ、著者による現代語訳と解説によって、短く、かつ珠玉と呼べるこの文学作品の姿をあらわにしていこうという試みです。

 

著者は言います。この冒頭の文章、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」は、シンフォニーを貫く主要旋律が音楽家の頭のなかに鳴り響くように、長明の頭のなかに浮かんだのだと。そしてその瞬間に「方丈記」は形を成し、全体の構想がまとまったのだろう、と。

 

京都の下鴨神社の神官という名門の家系に生まれた長明が、長い長い間賀茂川を見つめ続けて、そして自らの人生体験を凝縮したものとして得た、まさに「玉」のような一文なのですね。

 

この書き出しは、以下のように続きます。

「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし。」

 

この世にある人間とその住居も、河のよどみに浮かぶ泡と同じく無常なものだ、と書かれています。ここだけ読むと、非常に悲観的な文章が始まるように感じられ、実際に天変地異でひどいことがあったとか、そのような記述も多いのです。

 

しかし長明は書きたかったのはそんなネガティブなことではなく、「自分の人生を豊かに生きることと、そのための住まい」を書きたかったのだと、本書を読むと、よくわかります。そしてそれは、自分の心次第だということも。

 

人の暮らし、その豊かさ。800年前の日本人が感じたその真実を現代語で読める。これはまさに、捨ておけない名著、だと思います。