コピーの追求

2014.2.13|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

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ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

この冬も、「京都、冬の旅」と称して、京都の文化財特別拝観がおこなわれています。私も、平日の休みをいただいた時、目をつけていたものを、ここぞとばかりありがたく拝観してきました。

 

冒頭の写真は、撮影禁止であったため、WEBからの拝借となることをお許し下さい。ここは建仁寺の塔頭、正伝永源院。そしてこの小さな建物は、国宝の茶室、「如庵(じょあん)」の写しです。

 

「写し」というのは、その名が示す通り、建物を全く同じように建てること。ここ正伝永源院の如庵写しは、1996年に出来上がったものです。普段は公開されていないのですが、この冬の特別拝観の期間はその姿を見ることが出来ます。

 

如庵という茶室は、織田有楽斎がつくったもの。織田信長の末弟であり、秀吉、家康の世を生きた大名茶人です。この正伝永源院には有楽斎の墓もあり、彼の晩年の隠居所でもあったんですね。

 

そこに有楽斎がつくった如庵は、今は愛知の犬山に移築されています。そしてその本来の場所に「写し」としてつくられたのが、この茶室です。今回はその佇まい、そして内部をじっくり味わってきたのでした。

 

写しと言えども、数寄屋建築の第一人者、中村昌生先生の監修によるその建築には、凄まじいまでの「本物」へのこだわりがあったと今回聞きました。中途半端なコピーを後世に遺したくない、その一心による追求だったと。

 

例えば、如庵の壁の下の方には、反故紙(ほごし)という「不要になった紙」が張られています。それは「暦(こよみ)」の紙で、この茶室は別名を「暦張りの席」というほどなのですが、その暦の紙も、実際に有楽斎が生きた時代のものを使っているのだそうです。

 

また、茶室の窓にはよく竹が使われます。特にこの如庵には「有楽窓」という、通常よりも間隔が狭い竹の格子が設置されているのですが、その竹の窓の再現にも、同じ紫竹(しちく)が使われ、その「節」の位置すらも、すべて同じようにすべく、膨大な量の竹から選んで使われているのだとか。

 

ここまでくると、もはや執念とも言えそうなほどのこだわりですね。でもそれは、それほどまでにオリジナルの建築的価値を認めているということ。だからこそ中途半端なコピーを許すことができない、そういう心境なのだと思います。

 

そんな話をお聞きしつつ、私もこの「如庵写し」を味わってきました。利休とも織部とも違う、有楽斎の好み、有名な斜めの壁と「鱗板(うろこいた)」もしっかり見てきましたよ。やはり、独特の世界がそこにはありました。

 

「写し」という、本来はコピーである建物にも、オリジナルの尊重による徹底した追求がなされると、ここまでの「味」が宿るものか、そうしみじみ感じた次第。それは有楽斎の創意でもあり、そして監修された中村先生の想いの深さでもあるのでしょう。

 

私は普段の家づくりの中で、同じ建物を2度建てるということはありません。しかし、「建物が後世に遺る」ということは、日本の場合、ひとつの建物がそのまま永続するということを必ずしも意味していないようです。

 

例えば伊勢神宮の遷宮もそのひとつだと思いますが、「同じものをもう一度つくる」ということにおいても、そのオリジナルの価値は引き継がれていくのですね。

 

今回は素晴らしい建築の「写し」を見ることで、かえって日本人が建築において何に価値を見出すのか、ということを、改めて考えさせられたような気がします。