丑にのりそこね

2014.8.3|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

2014-08-01 18.53.11

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

今日はめずらしく食べものにまつわるお話です。それも、この季節になるとやっぱり食べたくなってくるものを。しばし、お付き合い下さいませ。

 

今年の土用の丑の日は先月29日だったようです。でも、私はその日に鰻を食べることは出来ませんでした。毎年ですが、あまり丑の日を意識していなくて、はずしてしまうのであります。

 

街のあちこちに鰻が出回りだして、「ああ、そういえばもうすぐ土用の丑の日か、食べよかな」となって、それをお店で注文する頃には、もう丑の日は過ぎている。そんな感じですね、いつも。

 

今年も同じで、「ああ、食べたいなあ」となって口にしたのは、8月1日でした。3日遅れです。写真がその、いただいた白焼き。蒸していない、関西風ですね。濃い目の日本酒と、とても美味しくいただきました。

 

土用というのは各季節の終わり18日間。その間に子、丑、寅と日があって、その丑の日に「う」のつくものを食べるとよい、というお話。平賀源内が鰻をそう宣伝した、のだそうですね。

 

本来、土用という期間には、「土の気が盛んになる」とされています。ですから、掘削などで土を触ることが忌み嫌われる期間なんですね。ですから建設業では、土用に基礎の着工をするのはよくない、という話が出ることもあります。

 

その土用の期間の中で丑の日だけ、なぜ「う」のつくものが良いのか、それはよくわかりません。でも、江戸時代に生まれたこうした風習が、鰻屋さんの宣伝に好都合だからだとしても、現代にまでこうして生き残っているのは興味深いところ。

 

しかし一方では、「鰻の危機」が叫ばれているのも事実です。鰻は今や絶滅危惧種なのですね。私が読んだ記事には、こう書いてありました。

 

「ウナギの大量消費が日本で定着した背景には、かつては専門店で食べるのが普通だったウナギが、加工済みのかば焼きパックとしてスーパーで売られるようになり、安価なうな丼やうなぎ弁当が、食堂やコンビニで売られるようになったという、ウナギ消費のパターン変化がある。」

 

なるほど。私が「ああ丑の日なんや」と意識するほどに街に鰻が溢れることが、かえって鰻を食する文化を危機に陥れているということか。なんだか皮肉な話です。

 

私は毎年丑の日に乗りそこねてしまうのですが、でもあまりにもそれをアピールし、大量消費を促し続けていくと、「鰻を食べる文化」という乗りもの自体を失ってしまいかねない。

 

美味しい鰻は、これからも毎年食べたいもの。あえて「丑の日」商戦の過剰なピークには乗らずに、ありがたく少しだけいただくのも、伝統的な食文化とうまく永くつきあっていく知恵なのかもしれません。