大大阪の家具

2014.5.26|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

2014-05-22 15.19.36

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

昨日は、KJWORKSがつくった玄関の下足入と手洗いのことを書きましたが、今日は先日の立売堀訪問の時に見た、大きな造付家具をご紹介しましょう。冒頭の写真がそれ。幅・高さ共に4mほどもあるでしょうか。なかなかの迫力です!

 

ここは地下鉄の西長堀駅をあがってすぐ。ビルの名前は「細野ビルヂング」です。私は大学の建築学科で建築史を専攻し、大阪の近代建築を卒論にしたこともあって、その存在はよく知っていました。

 

でも、実際になかに入るのは初めて。全くアポ無しで、「暮らしの志事」の仲間二人とおそるおそる入ってみたら、出迎えてくれたのは、オーナーの細野さんと、この巨大な家具だったんです。

 

この細野ビルヂングは、1936年(昭和11年)の竣工。大正後期からその頃の大阪は、「大大阪」と呼ばれた時代。御堂筋というメインストリートや地下鉄などが次々と生まれ、日本において文化・芸術・産業の中心として大阪が君臨していた、まさに黄金時代と呼ぶに相応しい時代だったと言います。

 

そしてオーナーの細野さんからこのビルの歴史をお聞きしていくにつれ、その「大大阪」とここの関係がわかってきて、驚くやら興奮するやら、でした。ここは、栄える大大阪の街をつくった土木建設業「細野組」のビルだったのです。

 

御堂筋や大阪の多くの橋梁、街づくりの多くの部分を、この細野組が担っていたそうです。さらに、私が今度KJ阪神として赴任する芦屋にある「六麓荘」という街も、細野組の志事だったのでした。いやあ、予備知識なく「何か面白そうなビル」というだけで入ってみただけなのに、これは何という展開でしょうか(笑)。

 

一緒に行った暮らしの仲間、Jqualiaの松下さんも、お店のある地元芦屋に関係の深い会社であること、そして現オーナーの細野さんも六麓荘の細野組の建物を今でも守ってらっしゃること、そのご縁に、びっくりしておられました。

 

そして私には、この巨大な家具も、かなり気になる存在。昔の写真にも載っているので、これも昭和11年のものでしょう。開き戸、引違い戸、そして引出しが組み合わされたデザインになっています。途中にバーがあって、梯子を掛けて上の段のものを出し入れするんですね。

 

ここまで大きいと、もはや家具というより建築に近いものとしてつくらないといけないなあ。見ていて、つい職業病が顔を出して、80歳に近いこの家具のつくられ方を色々と想像して楽しんでしまいました。

 

そしてガラス戸に嵌っているのは、先日書いたアトリエアゴさんにあるような、昔の型ガラスです。実はここの後アゴさんに行ったのですが、その前にもレトロガラスを見ていた、というわけですね。

 

大阪の近代建築の中でも、この細野ビルヂングはクラシックからモダニズムへの途中にある建物のようです。そしてこの家具も、クラシックなデザインではなく、全体の構成でモダンに表現する、そんな意図を感じた次第。

 

細野組とオーナー細野さんとの出会いは、私の学生時代の「大大阪」研究とのつながり、そして今関わっている建設業とのつながり、これから向かう芦屋という街とのつながり、 色んなつながりを感じる不思議な出来事でした。

 

この巨大な造付家具の印象とも相まって、ちょっと忘れられない日になりました。そして、さらに細野組、細野ビルヂングへの興味が湧いてきましたよ。

 

このビルは今、アートスペースとしても使われていて、来月には六麓荘の名をもじった「66展」もあるようです。その時にまた訪れて見ようか、そんなことを思いながら、すっかり予定を超過しつつ動き出した私たちでした。