時間の価値

2015.1.9|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

2015-01-04 09.51.57

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

今日はちょっと変な写真が冒頭に登場しました。これ、わが家のダイニングテーブル横の窓からの眺めです。何日か前の写真ですが、この風景で最近疑問に思っていることがあるので、そのことを書きます。

 

木の窓の向こうに写っている、工事現場らしきもの。これは保育所の跡地です。建物老朽化にともなう建替の工事があるんですね。わが家の3人の子供たちがみな通った保育所の建物がなくなるのは寂しいですが、より良いものが出来るなら、と思っていました。

 

しかし実は、解体工事が終わったこの状態で、はや5ヶ月ほどが過ぎています。詳しい事情は知らないので一概には言えませんが、同じ建設業に携わるものとして、「なんで長い間放っとくんやろ?」と気になります。

 

埋蔵文化財の調査対象地域で、なおかつ何か遺跡のようなものが出た、というような事情ならわかるのですが、わが家の工事の時もそういうことはありませんでしたし。何か施主である市の都合があるのかもしれませんが…。

 

でも、夏に解体工事をやって、冬になっても放っておくなら、最初から冬に解体工事をやったらいいのに、と思うんですね。周囲の家が窓を閉める時期に解体工事をやるほうが望ましいというのは、家づくりに関わるものとしては当然の知識ですから。

 

それより何より一番気になるのは、保育所の子どもたちのことです。確か去年の6月くらいから、建設のために近所に設けられた仮設の保育所に子どもたちは移っていて、そこで保育を受けているんですね。

 

仮設の建物が、本来の施設よりもよいわけはないので、暑い寒いも、そして使い勝手も、かなり不便をされているのではないか、子どもたちに無理がきているのではないか、そんなことがとても心配です。私も、3人の子供をあずけていた親ですから。

 

建物が、その役目を果たしている時間。それは普段はあたり前に流れていますが、建物がなくなった時、これからのその時間が失われた時、その役目の価値、建物の働きの価値がはじめてわかるのかもしれません。

 

でも、どんな場合でも、その建物の働きを必要としている人がいるならば、その「建物が働いている時間」の価値が失われている状態は、なるべく短いほうがいいに決まっています。

 

この問題に私自身が解決法をもっているわけではありませんが、「暮らしの実現」を通して人の役に立つ「家」という建物をつくっている者として、こういう宙ぶらりんな状態を見ているのは非常につらいのですね。

 

どうか、早く子どもたちが新しい快適な建物で保育を受けられますよう。出来うるならそこが、木や自然素材の心地よい空間でありますように。年が明けてからは、なんだかもう祈るような気持ちで窓から見ている私なのです。