松林に思う

2013.8.14|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

今日は宮崎で朝を迎えました。奥さんの実家から朝の散歩、20分も歩くと、海水浴場のある一ツ葉海岸です。その防波堤の突端まで歩いて、しばし朝の涼しい風に吹かれて、ぼーっとしていました。

 

防波堤の先から海水浴場の方を見返すと、そこには砂浜の向こう側に、延々とつづく松林が見えます。「一ツ葉海岸林」というこの松林は、南北に約12キロ、東西の最大幅は約1キロ、総面積約830ヘクタールという、とてつもなく大きな松林なんです。

 

その規模は、佐賀の「虹の松原」、静岡の「三保の松原」といった、有名な「松原」景勝地よりも、ずっと広大なものなんですよ。宮崎を訪れるたびに、その規模には感嘆させられますね。

 

以前にも一度このブログでこの松林をとりあげたことがあるのですが、その時は森林保全についての地元の皆さんの活動についてふれました。今回この広大な松林を見ていて頭に浮かんだのは、やはり陸前の「高田松原」の、痛ましい記憶のことでした。というのは、この一ツ葉海岸林も、同じく「防潮林」であるから、なんです。

 

この一ツ葉海岸林がつくられたのは、約200年前といいます。住民たちの暮らしを、飛散する砂の被害、あるいは高潮による被害から守るために植林されたもので、地域住民は、落ちた葉や枝を燃料や肥料としたり、そこでキノコ類を食用に得たりしつつ、松林と共に生きてきたのだそうです。

 

九州森林管理局のWEBサイトによると、この森林は、「保安林」に指定され、適切に保全されているもののひとつ、とのこと。人間の生活にとって重要な機能をもつ森林について、そのような保全策がとられるのだと。そして保安林には17種類があり、この一ツ葉海岸林は、「潮害防備保安林」と呼ばれるタイプになるようです。

 

陸前の高田松原も、その意味合いは同じです。そして実際に、今まで何度も、潮害を低減し、住民の暮らしを守る手助けをしてきたんですね。この一ツ葉海岸林も、営々と受け継がれ、維持されつつ、人々の暮らしの礎となってきた大切な森です。

 

でも、残念ながら今までにない巨大な津波に呑まれ、高田松原は消失してしまいました。では、その植林と維持、この宮崎の松林も、結局無意味なものだったのかと言えば、全くそんなことはないのです。その松林がなければ、地域住民の暮らしはもっと脅かされ、満足に維持することができなかった筈なのですから。

 

大災害の時、それまでやってきたことを「無意味」扱いしてしまうという面が、マスコミを始め、あると感じます。でも、短絡なその思考は、何にでも当てはまるものではない。自然の猛威から人の暮らしを守るため、先人たちが気の遠くなるような時間と労力をかけてつくってきたこれらの「役立つ森」は、自然な植生とは違っていたとしても、巨大な津波には呑まれたとしても、やはり尊いものです。

 

ここがそんな尊い松林であることを、私は東北の震災以降、さらに意識するようになりました。その保全、維持管理についてのニュースにも、敏感になりました。こういうものは、なくしてはいけない大切なものですから。

 

世界遺産の対象には「文化遺産」と「自然遺産」がありますが、植林であるこの松林にはどちらの側面もある、ということは「複合遺産」というタイプにあたるのかな?などと考えながら、松林からの心地いい風に吹かれていた、朝のひとときだったのでした。