照る葉の社

2015.1.5|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

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ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

KJWORKSの2015年は、明日6日が初出となります。もう一日、年末年始の日向国でのお話におつきあい下さいませ。今日は初出を前にして、少し志事寄りのお話です。

 

今年の初詣は、例年通り奥さんの実家に近い一ツ葉稲荷神社に行きましたが、それ以外にも毎年通う歴史ある社があります。それが冒頭の写真の場所、宮崎神宮です。

 

ここは神武天皇をお祀りしている由緒正しきところ。社伝によると、その始まりは神武天皇の孫にあたる健磐龍命(たけいわたつのみこと)による鎮祭だといいますから、まさに神代の昔から。さすがは神々の国、宮崎ですね。

 

そして、私が毎年ここへ行くのは、もちろん古からあるこの社に新年の無事を祈りに行くこともあるのですが、もうひとつは写真のこの「森」を味わいに、ということも、私の中では大きな動機になっています。

 

宮崎市の中心地からほど近い場所にもかかわらず、25ヘクタールもの面積をもつこの鎮守の森。写真のように参道の両側から覆いかぶさるようにして、かなり鬱蒼と繁っているんです。それもすごい高さで。

 

そして、南九州というその場所のせいでしょうか。この森に杉や桧といった針葉樹はほとんどなく、シイ・カシ・タブなどが大勢を占める、いわゆる照葉樹林になっています。

 

照葉樹というのは、針葉樹や広葉樹という呼び方とはまた違う樹の呼び方です。それは、名が示す通り、ツバキの葉のようにつやつやとして光を照り返す、青々とした常緑の樹々たち。

 

関西にも鎮守の森は多くありますが、伊勢神宮にしてもその森のなかには杉の大木がたくさんあったりして、ちょっと照葉樹林という感じではないですね。ここ宮崎神宮の鎮守の森は、針葉樹や落葉樹を多く含む森とは、入った感じが明らかに違っているんです。

 

しかし、日本の森の本来の姿とは、これらシイ・カシ・タブなどを主とする照葉樹林であるはず。現代に生きる私たちは、「山」と聞くと杉や桧が整然と並ぶ山を思い浮かべたりしてしまいますが、あれは植樹であって、日本の山の本来の植生ではありません。

 

また、この日本に神社は数多くありますが、このような古くからある神社の森、鬱蒼とした鎮守の森は徐々に失われていき、そしてそれに同調して、神の居場所を守る森に対する畏敬の念も、人々から失われつつある。そんなことを、森を失った神社を見るたび、感じます。

 

街から失われつつあるのは、里山だけではなく、このような古来よりの植生をもつ鎮守の森も同じなのですね。KJWORKSでも、そのような本来の植生を取り戻す植樹の活動をおこなっているんですよ。

 

日本人が神々を祀った古の時、その周りにあった鎮守の森は、このような照葉樹の森だったはず。その面影を今に残しながら永い歴史を経てきた宮崎神宮で、私はいつもタイムスリップした気分になります。

 

そして、ちょっと古代人のつもりで、照る葉の森の息吹を感じつつ、参拝をさせていただくのです。