眺めの遠近

2015.5.16|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

2015-05-16 11.05.44

〈建替えの候補地にある既存住宅からの眺めです〉

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

先日来、家づくりのための土地探しをご一緒しているお客さまと、今日も候補地をふたつ、同行させていただきました。そのうちひとつは、今ある空き家からの眺めも一緒に確認してきたんです。

 

街全体が坂になっているこの辺りで、遠くの眺望が臨める土地というのが、お客さまのご希望。それに叶う土地かどうか、そして他の色々な条件はどうか、チェックポイントはたくさんあります。

 

私がこういった「眺望」のお話を受けて考えるのは、「遠景と近景」ということです。例えばどんなに遠くの眺めの良い土地であっても、始終そちらばかり見ているわけにはいかない、そう思うからです。

 

家の中で、遠くの眺めが楽しめる場所、そして近くの眺め、例えば自分の庭や近隣にあるものを見ることを楽しめる場所、できれば共にあることが望ましいですから。

 

その意味で、冒頭の写真。この土地にある空き家の2階に上がって見た眺めです。私の感覚では、この眺望は「遠景と近景」のバランスがあまりよろしくない、そう感じます。

 

遠景は、左側に甲山(かぶとやま)が見えますが、右側の岩倉山あたりの山並みはあまり見えません。近景である隣家の桂の樹が前にあるからです。桂そのものはとても美しいですが、遠景には邪魔になる。

 

そして近景は、自分の庭と隣家の桂が一体化してよい雰囲気になりそうな感じなのに、ちょうどそこに無骨な電柱がデーンと聳えている。まったくこの電柱と電線というのは、景観を考える上で大変な困りモノですね。

 

パッと見はよい眺めにも見えますが、あまりバランスがよくないようです。出来れば、1階からは庭と近隣も含めた樹木たちが、2階からは遠くの山並みが邪魔者なく眺められれば、言うことないのですが。

 

また、近隣の家々の見え方も、私には気になります。この写真で言うと、桂の樹のすぐ左に見えるお宅は、木造で土壁風の仕上げ、軒も深くていい感じに思えますが、その左隣りの家とはずいぶん「眺め」が違っていますよね。

 

私はお客さまとご一緒に家づくりをしながら、近隣の方々からの近景として見えても恥ずかしくない家、景観の一部として美しく街並みを形成する家になること、も常に意識しています。

 

もちろん、好みの違いはあるでしょう。でも、皆がそういう意識で建物をつくること、これが大事であるはず。そういう意識が皆無だと思われる建売住宅など見ると、悲しくなりますね。

 

遠景と近景、出来ればどちらも取り込めるように工夫し、なおかつ自分自身も景観の一部として恥じないものを建てる。「永く住み続けられる家」であるために大切なこのことを、この写真の眺めからまた改めて感じた次第です。

 

しかし、KJWORKSの木想家とよく似たボキャブラリーをもって建っているあの家、一体どちらの工務店さんの仕事なのかなあ…?