食べ方の相対化

2014.2.8|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

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『食卓文明論 -チャブ台はどこへ消えた?-』  石毛直道 著   中公叢書

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

現代のわれわれ日本人の食事は、ダイニングテーブルでおこなわれていることが多いですね。床に座って座卓で食べる、という方もありますが。でも、ひとつ前の時代には「チャブ台」というものが日本の食卓でした。

 

そしてさらにその前の時代には、「銘々膳」という脚付のお膳、あるいは箱型のお膳を各自の前に置いて食事をするのが、日本人の食事の風景だったんですね。それは、そんなに昔のことではありません。

 

本書は、そのサブタイトルにあるように、そんな日本人の食卓のあり方、食事のあり方を論じたものです。しかし、単に近代の変遷を追うだけではなく、非常にグローバルな視点からそのお話は始まっていきます。

 

原始の時代、人間の「食」とは、動物の「食」とどのように違ってきたのか。あるいは、「共に食べる」という行動の起源、そしてそれと「家族」というものの成立、その関わり。それらは霊長類の生活や、今も文明社会と関わらずに生きている部族の社会のあり方を観察することにより、示されていきます。

 

また、日本が属する東アジア文化圏で、それぞれの国はどのように食事をしてきたのか、今どうなっているのか。さらにそれは日本という国にどのように伝播し、影響を与えたのか、と言ったことも論じられています。

 

日常的な「食」も、歴史的な変化の中で、その時々の食卓のあり方、食器のあり方、食事の作法とが、まさに分け難く絡み合っているものである、ということがとてもよく理解できます。さらには、食事の仕方というのは、その社会の思想を色濃く反映するものだ、ということも。

 

例えば、日本では「木の椀」が発達したからこそ、「味噌汁を、膳から持ち上げて、口を椀に付けて飲む」のであって、韓国では膳から食器を持ち上げるということがありません。食器も、銀器を良しとしますね。そういう場合、汁物を飲むのには「匙」が使われる、という具合です。

 

面白いのは、「いただきます」の挨拶も、銘々膳の時代には一般的でなかったらしい、ということ。家長が食べ始めるのを機に、皆が食べ始めるというスタイルだったようです。「いただきます」も、実はチャブ台の時代に一般化した、かなり新しいものだったんですね。

 

そんな具合に、今私たちがあたり前にしている「食卓、食事のあり方」を、相対的に見ることができるようになるのが、本書の一番の効用ではないか。そんな風に感じた次第です。

 

それは、「その家族の暮らし」を一緒につくっていく志事である私にとっては、とても大切なことなのです。あたり前に埋没している中からは、新しいものの見方や暮らしの提案は、生まれにくいものでしょうから。

 

そんな「食べる風景」を一歩引いて観る面白さ、ぜひ一度読んで味わってみられては如何でしょう?