鮮やかな憂い

2014.7.16|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

201407-1

 

ご愛読、ありがとうございます。KJWORKS・木の家のくらしプロデューサー、山口です。

 

今日は朝から、8月1日にお客さまのところへ届くDM「ぐっど楽暮」に同封する「住まいの学校」のご案内チラシを描いていました。だいたいできてほっとした時、ふと気づいたんです。

 

あれ!?先月描いて今月届いたチラシの絵のこと、ブログに書いてなかった。リフォーム日記中心になってるからなあ。これはいかん、ということで、半月遅れですが、今日書きますね、すいません。

 

月初めにお客さまのところへ届いたこのご案内には、「鬼灯(ほおずき)」を描きました。実は今年はもう終わってしまったのですが、7月の風物詩として頭に浮かぶもののひとつに、浅草の「ほおずき市」があるんです。

 

竹で編んだ籠に入って、その葉と実の色のコントラストがとても美しい鬼灯がずらりと並んだ様子は、ああ夏だなあ、という感じがしますね。私が浅草のほおずき市によく行くわけではありませんが、夏というと思い出されるもののひとつです。

 

あの、鮮やかな色なのにちょっと陰のある感じ、寂しげな風情をもつこの袋に入った実がとても好きです。袋が段々と乾燥してきて、網目のようになったものなども、とても味がありますよね。

 

子供の頃、この実を柔らかくして中身を出し、音を鳴らして遊んだなあ。そんな想い出もあるので、余計にこの実や浅草寺の市が気になるのかもしれません。

 

その名の由来には諸説あるようですが、その音を鳴らしている子供たちの様子から「頬突き」と呼ばれるようになった、という説もあるそうですよ。でも、そんなことして遊んだのは、私たちの世代くらいまでなのかなあ?

 

この絵を描く参考に、ちょっとWikipediaを調べてみましたら、こんな記載があったんです。「地下茎および根は酸漿根(さんしょうこん)という生薬名で呼ばれている」「江戸時代には堕胎剤として利用されていた」と。

 

すっかり記憶から消え失せていましたが、そう言えば時代小説なんかで、そういった場面を読んだことがあります。なるほどなるほど、もしかしたら、浅草寺でほおずき市がおこなわれるのも、これに関係があるのかもしれません。

 

確か、江戸時代は浅草寺のすぐそばが吉原ではなかったでしょうか?新吉原だったか?とにかく、すぐそばに遊郭街があったと思います。遊女、堕胎、ほおずき、浅草寺。きっとつながりがあると思いました。

 

今回絵を描くために色々画像を見て、やはりその実にどこか含まれる憂いに風情を感じます。そしてそれが何故なのか、わかったような気がしたんです。