白と黄と

2017.7.27|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 KJWORKS

 

〈食材をどう上手く使うのか、それも料理の経験が増えると上手く考えやすくなりますね。〉

 

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。今日は晩ご飯担当の話にて失礼をば。前からやってみたかったこと、今夜は試してみたものですから。笑い話としてお読みくださいませ。

 

 

 

料理本やWEBサイトにある美味しいレシピ達、私も晩ご飯担当の参考にちょこちょこと眺めております。そこで「美味しそう、つくってみたいなあ」と思うレシピは、味も無論ですが、その見た目に食欲をそそられるものが多い気がします。

 

 

 

そういうのを「シズル感」とも言うそうですが、私が大いに惹かれるものに「卵黄」があります。例えば真ん中に卵の黄身が乗っている丼モノとか。あのコロンとお日様のような黄身は、非常に「食べたい感」を刺激してくれる強者です。

 

 

 

でも、つくってみたいとは思うものの、そこは吝嗇家の私ですから「残った白身はどうするの?」という疑問が頭から離れません。黄身だけを使って白身を捨てる、なんてことは「あり得ない」のであります。何とか両方活用したい。

 

 

 

でも、拙い私の知識では、卵の白身だけを使う料理というのは思い浮かびません。調べてみても、白身を使うというとメレンゲにしてお菓子作りに使う、という方法はクックパッドでも良く見ますが、晩ご飯担当でそれは今ひとつやなあ。

 

 

 

そういうわけで、食欲をそそる「卵黄あそび」をやってみたい気持ちは、白身の活用法が見つかるまで封印されていたのでした。そして先般、ついに、これならいいぞと思える料理のレシピと出会って、早速今宵のご飯に採用となった次第。

 

 

 

それが冒頭の写真で両側の器に入れた「冬瓜と海老の煮込み」です。これは最後に卵白で卵とじにするレシピで、何かの料理で卵黄だけを使った時に、残りの卵白を活かすのにちょうどいい。冬瓜も旬ですし、これよこれですよ(笑)。

 

 

 

ということで、食べ盛りの子どもたちへのメインは「豚肉と韮のスタミナ炒め」と相成りました。その横に添えたのが卵黄で、これを全体にかけていただきます。ちょっと濃い目の味に最後に卵黄のコクが加わり、ご飯が進むおかずですね。

 

 

 

実は、せっかく満を持してつくり始めた料理だったのに、卵黄だけを上手く分離することが出来ず、ちょっと卵白側に残ってしまいました。なので卵とじは真っ白にはならず、そのあたりやはり不器用なんです。でもまあ概ね良し、かな。

 

 

 

というか、卵黄と卵白を共に活かして無駄のない献立、なんてことを一所懸命に考えている自分が、ほんの何年か前の自分からは考えられない自分の頭の中が、自分で面白かったりします。だいぶ「暮らし」が見えてきたな、なんて。

 

 

 

キッチンという装置をつくる、その実感を得るために始めた私の料理。それがいつしか家族の暮らしの中に定期的な担当として根づき、継続的につくる上での知恵も徐々に身に付いてきて、本当の意味で志事に役立つようになってきました。

 

 

 

キッチンの設計と直接関係はありませんが、お客さまとこういう料理の話が出来るというのも、なかなか役立つというか、会話を弾ませてくれたりします。そう、人の暮らしを実現する志事には、己の暮らしも全て経験となるんですね。

 

 

 

たかが卵の黄身・白身でも、どちらも別々に活かして美味しく食べられたら、その工夫もよき香辛料になるはず。惰性でなく常に考え、「こうしたら」を盛り込むことが前進の糧になるのは、料理も志事も同じだと感じた今日でした。