継ぐ技と商い

2017.9.16|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 KJWORKS

 

〈伝統工芸品をつくる技術が、今は意外なところで継承されているそうです。〉

 

 

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

今日は先日見て気になっていたニュースから。私が住んでいる堺市にある、それも自宅から遠くない場所のことでしたので。その場所とは「大阪刑務所」で、そこでおこなわれている受刑者による「刑務作業」を採り上げた記事でした。

 

 

 

その記事にはこうあります。「伝統工芸品を作る職人が減少するなか、刑務所での刑務作業が技術の担い手の役割を果たしている。」伝統技術と呼ばれる世界に共通する「後継者不足」の問題、その一部を刑務作業がカバーしている、と。

 

 

 

そしていくつかのそうした伝統工芸品が紹介され、そしてこう続きます。「すでに地域の職人がいなくなり、刑務所だけで生産している伝統工芸品もある。」それが、国産の手織り絨毯である「堺式手織段通(だんつう)」なのだとか。

 

 

 

堺式手織段通は大阪府の無形民俗文化財にも指定されているもので、今日の冒頭の写真はその織り機だということです。そして堺にある大阪刑務所は、いまやその製作技術を受け継いでいる唯一の生産拠点となってしまっているのですね。

 

 

 

ここでの生産が始まったのは1994年だそうで、職人不足に頭を悩ませていた「堺式手織緞通技術保存協会」の依頼を受けたことから刑務作業に取り入れたといいます。同刑務所の担当者いわく「やりがいを感じている受刑者も多い」とか。

 

 

 

皆さんは、この話を読んでどうお感じになったでしょうか。伝統工芸の技術が失われることなく、その担い手を変えつつ受け継がれているということで、一種の美談として受け取られた方も多いかと思いますが、私の感想は少し違います。

 

 

 

私が感じたのは「いまや伝統工芸品とはさほどに商売にならないものか」という、寂しい気持ちでした。商売として成立せず流通がない、だからつくり手は徐々にいなくなり、刑務所という特殊な場所でしか製作が維持できなくなった。

 

 

 

確かに段通製作は全て手作業で膨大な手間暇がかかります。しかしそれに見合った費用を負担する買い手がいれば、それは商売として成り立つし、商いが成立するならそこには後継者が要請され、技術は受け継がれていくことでしょう。

 

 

 

「技が消えるよりまし」との考えもあるでしょうし、私も伝統技術の消失という悲しい事態よりずっと良いと思います。しかし「ものづくり」とはやはり、それを喜んで使いたい人、使うために買いたい人に奉仕するのが健全ではないか。

 

 

 

その記事にも最後にありましたが、堺式段通の場合、受刑者の方々は刑務所内では刑務作業としてその伝統工芸品製作に従事できますが、いざ出所後はその商売はこの世にないということになる。それは刑務作業の本質とも違う気がします。

 

 

 

段通のような非常に手の込んだ伝統工芸品は、昔はパトロンともいうべき上得意がいて成り立っていたのかもしません。しかし鍋島緞通などは今も商売として活きているように感じられますし、堺の段通にもそうした時期があったはず。

 

 

 

この記事を読んで、ものづくりとは製作技術だけでなく、それを商いとして成立させるための技術もその内に含めてこそ、時代を超えて健全に受け継がれ、生き続けていくということを改めて想いました。どの道も、楽ではありませんね。

 

 

 

ちなみに、ちょうど今日から堺博物館で段通展があることも併せて知ったので、ちょっとまた覗いてみようかと思ったりしている私なのです。