守りの花

2017.9.24|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 KJWORKS

 

〈お彼岸のお参りに、いつもの花が出迎えてくれました。〉

 

 

 

ご愛読、ありがとうございます。木の家づくり・暮らしのプロデューサー、山口です。

 

 

 

今日は本社にてお客さまとの打合せ、でもその前に彼岸のお墓参りへ奥さんと行ってから、本社へ向かうことに。行き先はいつもの来迎寺さん、でも朝7時台のお寺にはまだ誰も来ておらず、ゆっくりとお参りをすることが出来ました。

 

 

 

秋のお彼岸参りでいつも眼を愉しませてくれるのが、境内に咲く曼珠沙華です。今年はちょっと遅めなのか、まだ咲ききっていない様子。でもその独特な姿は、毎年秋のお彼岸に唐突に現れる気がして、彼岸花とはよく言ったものですね。

 

 

 

田んぼの畦道にまとまって咲いている姿は、日本の田園風景、それも稲刈り前の独特の風景だと思います。あれにも理由があって、根に毒がある曼珠沙華を植えることで、モグラやノネズミが畦道や土手に穴を開けるのを防ぐためだとか。

 

 

 

その昔、亡くなった方を土葬していた時代には、その埋めた場所にも墓標と共にこの花を植えたと言います。それもまた、動物が土を掘り返すのを花の根の毒で防ぐため。植物の特性を活かした先人の知恵には、本当に感心させられます。

 

 

 

ここ来迎寺さんに曼珠沙華が咲いているのは、それとは直接関係はないと思いますが、でもそういうことを知っているからでしょうか、私にはこの花に「守る」というイメージが関連づいています。田の稲を守り、死者の霊を守る花だと。

 

 

 

なので、お彼岸に来てこの花が咲いていると何かほっとする、安心する、という感覚になるんです。今年もちゃんと咲いて守ってくれているな、という気がして。根拠はないですが、でもそう感じるのは良いことだと勝手に思っています。

 

 

 

そして今回もまたそういう気分を感じながら、お墓の掃除をし、水を替え、手を合わせました。時々しか会いに来られないおじいちゃんおばあちゃん、そして伯父さんに家族の近況報告をし、「これからもまた見守っててくださいね」と。

 

 

 

私がそう願うように、人は誰しも「守られる存在」でありたいと願う弱い生きものだと思います。しかし一方で他の「守り・守られる関係」を見て心の安らぎを覚える生きものでもある。彼岸花は、私にそんなことを想起させる花なのです。