「かべ」のないようちえん

2011.7.12|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

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いつもお読みいただきありがとうございます。

 

昨日、東京での研修会に参加していました。そこで、前々から行きたいと思っていた「ふじようちえん」を、ついに体験してきたんです。

 

建築の世界の人なら、おそらく皆知っている、あのドーナツ型の園舎。その中では一体どんなことがおこなわれているのか?一体どんな経緯であのかたちになったのか?興味津々です。

 

しかし、私が参加した研修会は、「ビックリすることが目的なので、予習はしない」という方針。私も、あえて色々と調べることはせずに参加しました。

 

行ってみて、とにかくその気持よさに驚きました。写真は楕円形園舎の屋上。ここが第二の園庭であり、子供たちが走りまわるトラックであり、そして外の教室でもあるんです。この日はプールをやっていたので、走りまわる子供は少なめでした。大きなケヤキの木陰がまた気持ちいいんですね。

 

加藤園長のお話も色々と聞いて、私なりに思ったことは、とにかくここには「かべ」がないのだ、ということ。

 

まず、物理的に建築としての壁がありません。ドーナツ型プランの内側も外側も、全て動く引戸でつくられています。仕切りも、天井よりもずいぶん低い高さまでしかつくられていません。

 

そしてドーナツ型のプランは、ぐるぐる回れて、行き止まりがありません。園長が園のすべてを見て歩く、その動線にぴったりのかたち。行く手を阻む「かべ」、エンドという「かべ」がないかたちです。

 

さらに、これらの建築的な特徴は、とにかく「すべてが見える」ということを可能にしています。どこからも、どこでも目が届く。視線の行き止まりという「かべ」、あるいは死角というものを生む「かべ」がないんです。幼児のための施設として、これはたいへん大きな意味がありますね。

 

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この場所が「園長室」です。一番すべての場所に目が届く、そんな位置にあります。もちろん壁はないので、部屋にはなっていません。

 

そして感心したのが隣にある二段ベッド。ここが「保健室」だというお話でした。その向こうが職員室。二段ベッドはドーナツの中身である園庭に向いていて、全ての先生方がそこにいる子供に目を配れるようになっています。ここでは、壁の向こう側でじっとしている子どもはいないんですね。具合の悪い子も、皆と触れ合っている。

 

このふじようちえん、「モンテッソーリ教育」というものを中心とした自由保育をおこなっていて、その基本精神の文章がまた素晴らしい。「Help me do it myself (私が一人でできるように手伝って)」というのです。

 

加藤園長からも、何度も「子供には育つ力がある」という言葉が聞かれました。常に子どもを見守り、その失敗、成功、達成感、そしてそこから生まれる自信を大切にしておられる。子どもが自分で育つ、その手助けをする。

 

私たち大人は、ついつい子供たちの行動を、先にこちらで決めてしまっていないでしょうか?子供のやりたいことはそっちのけで、「そうすべきこと」を子供たちに押し付けていないでしょうか?そのような「型」を子供にはめこんでいないでしょうか?

 

ふじようちえんには、そのような大人から強制される「型」や「枠」という「かべ」もありませんでした。そこで暮らす子供たちの、なんと伸び伸びと、楽しそうなこと!

 

正直言って、最初は建築的な興味も多々あって臨んだこのふじようちえん見学でした。しかしその建築は、加藤園長をはじめとする園の方々の「子供との暮らし」がそのままかたちになったものだということが、行ってみて心底納得できました。それほどまでに確固とした信念こそが、この軽やかでかつ強い建築を実現したのだと。

 

実り多い時間をいただき、ただ感謝であります。

 

最後に、このふじようちえんではいじめは起きない、と設計者も言っています。それはそうでしょうね。いじめとは、自分たちとその子の間に「かべ」をつくることですから。

 

この場所で、そんなことが起きるはずがありませんね。