愛染

2011.11.17|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

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ご愛読、ありがとうございます。

 

島根の足立美術館へ行ってきました。この作品、川端龍子『愛染』を観に行ってきたんです。

 

この夏にふと思い立ってから、この絵のことが頭から離れず、これは自分の中でとても大事なことなんだと感じたので、今回実現してきました。

 

素晴らしく美しい絵でしょう。その構図といい色といい、その画想といい、とても好きな作品なんです。

 

そのタイトル「愛染」とは、元々仏教用語で、「むさぼり愛し、それにとらわれ染まること」だそうです。熱い視線で見つめ合う鴛鴦(おしどり)、そのバックの燃えるような紅葉が、それを表しているのでしょうね。

 

しかし私がこの絵を好きなのは、その画題よりもむしろ、その「絵画としての面白さ」なんです。あくまでも、私の勝手な解釈ですが。

 

よく見るとこの絵は、かなり不自然な画面構成になっていることがわかります。

 

紅葉は手前も奥も同じ大きさで描かれていますね。遠近法にはのっとらない、平面的な扱いです。それに対して鴛鴦はしっかりと写実的で立体的、遠近法にかなった描かれ方です。

 

しかし紅葉は、このようなグラフィックデザイン的な表現のほうが、大きく迫力をもってこちらに訴えかけてきます。また、そこに金色の弧を描く鴛鴦は、写実的でなければ絵としてその画題を満足しない。

 

その2つの異なった画面。それをうまくまとめ上げているのが、画面右下の青い水面だと、私は思うのです。

 

この水面部分までが全て紅葉で覆われていたなら、そのグラフィック的な構成が完成してしまう。そうすると鴛鴦との間に違和感が生じます。でも、この水面があるがゆえに、紅葉の面は「立体的に見えている」のではないでしょうか。

 

グラフィックデザインのように見るものに迫る紅葉、写実の鴛鴦、それをひとつの画面に納め、かつ一見何も違和感がないように少し水面を配する。

 

そしてその水面は、燃え上がる鴛鴦の愛情を、少し鎮めてくれているかのようでもあります。

 

私は絵の素晴らしさと共に、それを実現させた画家の力量に、心から感服するのです。

 

 

『愛染』。やはり何度見ても素晴らしい、私が惚れ込んだ一枚であります。