熊野街道にそって

2011.11.24|カテゴリー「日々の思い」|投稿者 山口敏広

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ご愛読、ありがとうございます。

 

今日は、泉南市での建替の現場に、地盤調査の立会に行ってきました。紀州街道沿いの敷地ということで、周囲には写真のような古い民家がいくつも建ち並んでいます。

 

それもそのはず。紀州街道とは、古くは熊野街道と呼ばれて熊野詣(もうで)の一行で大いに賑わった道なのですね。そしてこの辺りは、「信達宿(しんだちじゅく)」と呼ばれた宿場町だった場所。

 

1000年近くも前から熊野詣で賑わっていたところへ、江戸時代に参勤交代制が確立され、紀伊の殿様が通る街道が整備されて、さらに発展したところなのだそうです。立派な家々が多いのも頷けます。家と言うより、元は旅籠だった建物も多いのでしょうね。

 

そして、この辺りの民家の建物には、少し特徴があります。上の写真にもそれが写っているのですが、おわかりいただけますでしょうか?

 

街道に面しては入母屋屋根の妻側(側面)が面し、いわゆる「妻入り」の形ですが、その妻側の下にもう一段低い屋根があり、その屋根の形が横に直角に飛び出していますね。

 

このようなかたちを「角屋造り(つのやづくり)」というそうです。屋根の形は当然間取りから決まってくるわけですが、このかたちは農家の間取りから発展した町家の間取りを表しているとのこと。

 

信達宿は、半農半商で営まれていた宿場町だったそうで、農家では米の他に綿作が盛んでした。まさにこのことと、角屋造りという民家の形は、リンクしているのですね。とても興味深いです。

 

そういうことを事前に少し予習してから今日は現地に臨んだので、さらに深みのある街並みウォッチングが出来て、とても楽しい時間だったのです。

 

もちろん、本来の業務である地盤調査の立会もしっかりやってきましたよ!結果は数日後に出ますが、あまり悪い地盤ではない感じでしたので、少しほっとした、というところでした。

 

この信達宿、ほかにも旧本陣の「角谷家」が時々一般公開されていたり、「信達宿の野田藤」という藤の名所もあったりします。

 

行くのが楽しみであると同時に、そんな素晴らしい家並みに「木想家」が仲間入りさせていただくのですから、いい加減なことはできません。その重圧も心地よく感じつつ、いい家づくりを進めていこうと、今日は思いを新たにした次第です。

 

 

※以下は、今日撮った「妻壁のてっぺんの装飾窓」コレクションです。これもとても美しく、興味深いものでした。

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