百済寺を見た!

2009.1.16|カテゴリー「伝えたいコト」|投稿者 福井綱吉

  
百済寺の3重の塔と百済寺本殿です

今日は自宅仕事半分と息抜きの日です。

ちょっと息抜きに、以前から古い文化の地域柄気になっていながら実際には見たことのなかった百済寺に出かけてきました。

本殿は鍵がかかっており、正門からは入れず、横からチラチラ・・・・・真正面には、百済というこの地域の地名どおり、百済寺3重の塔が重厚にそびえ建っています。

日本書紀によると、舒明天皇11年(639年)12月の条に「是の月百済川のほとりに九重塔を建つ」とあり聖徳太子が平群郡熊凝に建てた熊凝精舎をこの地に移し、百済寺と名付けたといわれます。

西暦346年〜 660年頃まで、百済は、古代の朝鮮半島南西部にあった国家で、朝鮮史の枠組みでは、半島北部から満州地方にかけての高句麗、半島南東部の新羅、半島南部の伽耶諸国とあわせて百済の存在した時代を朝鮮半島における、三国時代といわれています。新羅を支援した唐によって滅ぼされ、故地は最終的に新羅に組み入れられてしまった国で、その後は、その名前は日本にしか残っていないような・・・・・

そんな古代の物語がこの奈良にはどこそこと豊富にあります。

因みに、「ナラ」という言葉は朝鮮半島では、国のことを言うそうです。