京都・大阪・奈良は歴史の宝庫

2006.6.23|カテゴリー「伝えたいコト」|投稿者 福井綱吉

京都・大阪・奈良は、歴史の宝庫ですが、今日は、その中でも、南北朝時代の南朝の里である、奈良県吉野山に出向きました。設計打ち合わせ時間には少し早く、吉野山の中でも里から少し離れた場所の後醍醐天皇を祀った如意輪寺(にょいりんじ)に参拝しました。

如意輪寺は、南朝勅願寺とも呼ばれます。専横の北条幕府を倒し、建武中興を成し遂げた後醍醐天皇は、足利氏との争いの為京都を逃れ、吉野山へ行幸以来4年間、吉野の行宮に過ごされました。延元4年(1339年)病床に就かれ「身は仮え南山の苔に埋むるとも魂魄は常に北げつの天を望まん」と都をあこがれ、遂に崩御されました。天皇の遺骸をそのまま北向きに葬ったのが、塔尾陵(とうおみささぎ)です。


南朝勅願寺如意輪寺です


吉野山から見て北に位置する京の都に最期まであこがれ崩御された後醍醐天皇を葬った塔尾陵(とうおみささぎ)は、北向きの御陵です。


今日、打ち合わせをしたお店の座敷から見た吉野の山々です。桜の木々で一杯です。