石垣島の『吉野杉の家』

2005.7.9|カテゴリー「伝えたいコト」|投稿者 福井綱吉


昨日の続きなのですが、石垣島から来た設計士の山田さんは、昨日は、彩都を見学してその日が終わったのではなく、引き続き、午後5時20分から彩都を出て、吉野町の阪口製材所さんまで私の車で移動したのです。今度計画予定の石垣島の『杉の家』の事で、できれば少しでも話がしたい!?というのです。

大急ぎで、若干の渋滞に巻き込まれながらも午後7時過ぎに到着するや、真っ先に梱包された杉材を見に行く山田さんでした?どういうことか?と、よくよく聞けば、今度の『吉野杉の家』のことではなく、自身の自宅に使う吉野杉の造作材を、出荷前に少しでも見たかった事が本音でした。

「吉野の杜ネットワーク」に入会されてから、RC造の住宅で内装に吉野杉を頻繁に使うようになって以来、30年以上経った自身の家の内装が新建材の為、嫌っけがさしてきたそうで、遂には、吉野杉で改修したくなってしまったようなのです。

沖縄本島をはじめ、強烈な台風が頻繁に来る石垣島では、昔は全て平屋の木造住宅だったのが、戦後はほとんど、コンクリート造の家となって、木の家は絶えてしまいました。戦前の木の家を見ますと、柱や梁桁共、キャンギと呼ばれるイヌマキの木でできています。イヌマキといえば、関西では庭木によくある樹木ですが、関西のイヌマキや高野槙とは少し違う感じの木のようです。けど、同じ槙ですから、水にも強く、シロアリなど虫にも強い木材には違いありません。写真の家は、今から186年ほど前(西暦1819年)に当時、琉球国の頭職(八重山最高の役職)の住宅として建てられた全てイヌマキ(キャンギ)でつくられた家です。

山田さんは、そうした戦前まで当り前にあった木の家を石垣島で復活させることを生きがいとしておられ、今回の『吉野杉の家』はその最初の木の家となるのです。巨大な台風にも負けず、塩害や直射日光の厳しさにもまけない強固な『吉野杉の家』の建設計画にKJ WORKSとして、少しでも協力したい気持ちで一杯です。