命もいつかはなくなる

2005.7.18|カテゴリー「伝えたいコト」|投稿者 福井綱吉

『信州唐松の山を見るバスツアー』2日目、OM施設である和田村小学校を見学した際に、入口の掲示板で目にした詩の言葉です。この「命」の詩を書いた宮越由貴奈さんは、5歳の時「神経芽細胞腫」と診断され、平成9年の6月に11歳で亡くなりました。宮越由貴奈さんはこの詩を書いた頃、長野県立こども病院の院内学級で電池の勉強をしていたらしのですが、何故、この詩を書いたのか本当の理由はわからないそうです。
この詩は、亡くなる4ヶ月前に書かれたのだそうで、自分の死を覚悟していたのかも知れませんが、お母さんは怖くてとても聞けなかったとコメントが有りました。

命       宮越由貴奈(小学四年)
命はとても大切だ
人間が生きる為の電池みたいだ
でも電池はいつか切れる
命もいつかはなくなる
電池はすぐにとりかえられるけど
命はそう簡単にとりかえられない
何年も何年も
月日がたってやっと
神様から与えられるものだ
命がないと人間は生きられない
でも「命なんかいらない。」
と言って
命をむだにする人もいる
まだたくさん命がつかえるのに
そんな人を見ると悲しくなる
命は休むことなく働いているのに
だから私は命が疲れたと言うまで
せいいっぱい生きよう

なんとも凄い信念と気迫のこもった、世の中の大人に限らず、自殺志願を流行のようにする人たちにも読んで欲しい「詩」だと思います。また、疲弊した今の世の中で、人として一度しかない人生を今一度見直したくなるような、生きる為のパワーを与えてくれそうな凄い「詩」に出会いました。
信州唐松を使ったOMの木造校舎を見に出かけただけなのに、廊下の掲示板でふと、出会ったこの尊い、宮越由貴奈さんの「詩」にめぐり合いの『ありがたさ』を感じた1日でした。